アハルカラキ (グルジア) : 辺境の小さな町
           ― 或いは偏狭な旅行者の憂鬱な移動と不毛な闘い

[ カフカス略地図 ]
b0049671_18421278.jpg
                                                       アハルカラキの町並み


 その日は、と言うかその日もとても疲れた一日だった。アルメニアの首都イェレヴァン近郊のホルヴィラップで警察に拉致された (参照) 翌々日の朝7時前、イェレヴァンで民泊したララの家族がまだ誰も起き出して来ない裡に、ちゃんとお礼を言えないことを残念に思いながら宿を出る。確かにバラックのようだったしトイレと水浴び場の汚さと言ったらなかった。けれどある意味ではアルメニアの首都の決して金持ちではない普通の民家の生活状態を体験できた訳だ。何より宿泊事情の悪いイェレヴァンにあって、お世話になったのは有り難いことなのだ。

 バスターミナルへ着くと、アハルカラキ行きのチケットを売っている窓口はまだ閉まっていた。アハルカラキは3つある国境の最も西に位置するニノツミンダというポイント越えた先にあるグルジアの町だ。グルジアとの間を行き来するバックパッカーの多くは、その東50km程の交通の便の良いポイントを通る筈だ。アハルカラキ自体が決して観光ポイントではないようで、旅行人社のガイドブックにも21文字X7行のアナウンスがあるだけだ。窓口は相変わらず閉まったままだったが、やがて先にバスがやって来る。そういうことはこういう国は良くあることだ。幸いロシア語だったのでそれがアハルカラキ行きだと分かったのだが、アルメニア文字やグルジア文字ではお手上げだった。キリル文字ならまだなんとか取っ掛かりがある。運転手らしき男が切符を売り始める。こいつが実に嫌な奴で、ロシア語は分からないと言うのに全くお構い無しに、ロシア語だけで捲くし立てて何事か怒っている。僕の場合、着いた日にアハルカラキまでは1500ドラムと聞いていたので、2000だと言う運転手にちょっと抗議したのだが、彼の不機嫌は僕に対してだけではなかった。そちらこちらに不機嫌を撒き散らし、伝染させている。なんて奴だ。バスの料金が予定していたより高かった為に、何も買うことができなくなってしまった。一口サイズのチョコを口にしただけだ。

 8時15分に出発したバスは街を出るとやがて草原が広がる丘陵地帯の単調な風景の中を走り、国境の手前で昼食休憩。グルジアへは再入国だったので僅かなグルジア・ラリを持っていたのがだ、幸いなことにここではそれが通用した。ケーキとコーラを買う。やがて国境。相変わらずの丘陵地帯の草原で、例え緑があったのだとしても荒涼感というものはあるのだと感じる。この国境に於ける両国のイミグレーションは随分と離れた所にある。どちらも遊牧民の休憩小屋のようにぽつんと建った掘っ立て小屋といった佇まいだ。まずアルメニア側イミグレーション。例によってローマ字も読めないくせに、パスポートの端から端までチェックする。他国の入国の記録を見て何になるというのだ。ドライバーが苛々してやって来る。役人(警官?)に早くしてくれと文句を言う。まあ、何事も無く通過。問題はグルジア側だった。
 そんなことは予想も想定もしていなかった。全く英語を解さない連中なので何を言っているのか分からないのだが、とにかくかなりシビアにクレームを付けている。どうも賄賂とかそういう類のことではないらしく、バスから荷物を降ろさせようとまでした。例によって全く協力的ではなく親切心の欠片も無いドライバーも、早く行きたいが為に僕を降ろして行くことに乗り気だ。なんて奴だ。どうもダブル・エントリーのヴィザを理解していないか、或いはアルメニアに出国した時のスタンプに何か問題があったのか、多分どちらかのようだった。そのうちに乗客のうちの数人の男達が乗り込んで来て、役人と口喧嘩を始める。もちろん何を言っているのかは全く分からなかったが、結果的には彼らのお陰で放免となる。ただその役人は投げ槍に成ったようで、スタンプを押してくれと言う僕に、スタンプはプロブレムだと言い捨てる。どうも後で問題になるというようなことを言っていたようにも思う。やれやれだ。お陰でトルコに入る日まで不安を抱えることに成ってしまった。いったい僕が何をしたと言うのだ。僕はちゃんと手順を踏んで貴方達の国の決めたルールに従ってダブル・エントリー・ヴィザを取得して来たのだ。これは後にトルコへ出国する時にははっきりするのだが、アルメニアに出国した際に押されたスタンプは入国印で、従って出国印の無いままダブル・エントリーのヴィザに既に2つの入国印が押されていたのだった。少し言い訳をしておくと、それらのスタンプに書かれた文字は国名を除けば全てグルジア文字で、もちろん僕には全く読めなかった。

                                     国境を越えると道はますます悪くなった。道と言うより殆ど
宿泊したホテル・ジャワヘティ                オフ・ロードと言って良さそうな状態だ。天候も悪くなる。それで
b0049671_1843686.jpgも全体に曇りがちではあるのだが、方向によってはまだ青空も覗いてはいる。ただし、ひとつの方向だけは真っ黒な雲に覆われていた。そしてその下は絶望的に真っ暗だった。そこに世界の終わりが口を開けて待っているんだというような不吉な暗さだ。勿論、バスはそこを選んだかのように真っ直ぐにまさにその方向に走っていく。なんてことだ。15時40分、休憩を含めて7時間走り続けたバスが漸くアハルカラキに入る。アハルカラキはまさにその真っ黒な雲の下にあった。道の端にはたった今しがた降った霰(あられ)がその形のまま吹き溜まっていた。

 町に一軒の宿は営業していたし両替もできた。本当の安宿だがシャワーなんて最初から期待していない。恐ろしく淋しい町だった。むしろ村と言うか集落と言うか、そんな感じだ。まあいい、ひと晩のことだ。食事をした後、小雨の中をガランとして活気の無い淋しい町を歩いていた。車が僕の横に停まった。警察だ。彼らはそのまま僕を町外れの警察署まで連行した。なんてことだ。僕は一昨日、ホルヴィラップで警察に拉致されたばかりなのだ。いったい僕が何をしたと言うのだ。パスポートは宿にあると言うのにも関わらず、彼らは警察署に車を走らせた。警察署はまるで閉鎖になった拘置所のような建物だった。結局、パスポートをチェックするために宿まで戻ることになる。途中で地域の英語の教師だという男が拾われ、宿まで同行する。彼の通訳のお陰で、その後はそれなりに和やかに事が進むことになる。最後に
                                   は、何か問題があったら警察署まで来てくれと言って警察官は握手を求めた。言葉さえ通じれば案外に友好的な人達なのだろうか。それにしても彼はパスポートのIDを見ただけでヴィザのチェックすらしなかった。
 夕方には一旦は陽が射してきたのだが、夕暮れ時(9時過ぎだ)になるとまたすっかり曇って小雨が降りだした。宿の電気は酷いもので、薄暗いなんてものじゃない。もっと悪いことにはそれがチカチカするのだ。偏狭の田舎町とはいえ、グルジアの経済状況を目の当たりにする思いだった。サラミでビールを呑みながら日記を書いていると、誰かがドアをノックする。そんな場合に無闇にドアを開けることがどんなに危険であることか色々なニュースで知っているし、僕はそれほど不注意でもない。けれどとにかく英語が通じないのだ。相手が何事かロシア語で応答したので、怖くもあったが身構えながらドアを開けてみる。さっきの人たちとは違う警察関係者だ。やれやれ、なんてことだ。宿の親爺の所に連れて行って、既に警察が来たことを告げて貰う。それを知ると彼は I'm sorry と英語で言って去って行った。あまりに素直なので思わずこちらから握手を求めてしまった。

 いい加減にしてくれと言いたい思いだった。だが実はこの辺りの住民は殆どがアルメニア人なのだという。従って歴史的にも今もグルジア政府との間に軋轢があるらしい。2008年にロシアとの衝突があった南オセティア (参照)、西北部の事実上独立状態にあるアブハジア、トルコ国境に位置する独立志向の強いアジャラ (参照)、それらと並んでここアハルカラキのアルメニア人はグルジアの抱える民族問題のひとつなのだ。彼らの生活は僕などには分からない緊張の中にあるのかもしれない。頼まれた訳でもないのに勝手にやって来た興味本位の旅人が、少しくらい不便や不快を被ったからといって文句が言えるような筋合ではないのだろう。


b0049671_18514614.jpg
                                                       アハルカラキの町並み
[PR]
by meiguanxi | 2009-01-14 18:51 | カフカス | Comments(4)
Commented by ヤマネ at 2009-01-26 14:13 x
警察にやたら連れて行かれる没さん・・・w
緊張感のある場所だから、余計に得体の知れない東洋人は怪しまれるのでしょうか。アジアとはまったく違う風土なんだなあと感じました。私、自力ではカシュガルより西へは行っていないのです・・・・・・。
疑いが晴れてよかったですね、晴れる日もまた来る! ってことで。
Commented by meiguanxi at 2009-01-26 20:03
冤罪被害者の無念さが痛いほど実感できる没関系です、こんばんは^^
僕は西洋に行くとアラブ系にも見えなくないらしいので、あまり観光客なんか来ない辺鄙な、しかも微妙な町では怪しまれても仕方ないのかもしれませんね;;
ええ、事実、この翌日の午後は良く晴れて、気持ちの良い町で幸せに過ごしました!
Commented by はぶ at 2009-01-29 00:21 x
そうか!やっと分かりました。
没さんは一度ニューメキシコのロズウェルに行ってみるべきだ。
空から光が降りてきてきて、きっと自分の正体を悟るでしょう。たとえどんなに怪しい星の生き物だとしても私は気にしません。でも、時おり地球に帰ってきてブログの更新だけでも続けてくださいね。
MIBって本当にあるんですか?
Commented by meiguanxi at 2009-01-29 19:38
海外に於ける僕は異邦人かもしれないけど、異星人ではないので、そこのところ誤解の無いように。それと、僕は地球外知的生命体の乗り物としてのUFOという存在を信じていないので、MIBなんかにつけまわされることは無いと思います。見習い魔女なら一人だけ知ってるけどね・・・最近、ちょっと魔女検定の準備で忙しいみたいです。
<< ヴァルジア遺跡 (グルジア) ... ホルヴィラップ修道院 (アルメ... >>