蘇州 (suzhou 江蘇省) : 伝統美と観光開発
b0049671_19404959.jpg
                                                               水郷の風景


 蘇州 (suzhou) は上海 (shanghai) から西に直線距離で約80km、列車で 1時間20程の近郊にある水郷だ。とは言っても上海が北京 (beijing)、天津 (tianjin)、重慶 (chongqing) と並んで直轄市であるのに対して (重慶が直轄市に昇格したのは1997年のことで、僕が最初に中国を訪れた時には四川省に含まれていた)、蘇州は江蘇省に属する市だ。
 ご多分に漏れずこの町にも今では高層ビルが林立しているが、僕が訪れた90年にはおよそ高いビルなどは無く、どちらかと言えば素朴な田舎町に見えた。玄妙観 (xuanmiaoguan) という道教のお寺が町の中心にあって、中国農家婦人的服装の老婦人達で賑わっていた。当時でも隣の浙江省杭州 (hangzhou) と並んで一応は江南きっての観光地ではあったから、玄妙観前の通りには沢山の土産物屋が並んでいた。それでも舗装道路は殆ど無く、どちらの方向にでも1・2kmも行けば田園だったものだ。ここに掲載した何枚かの写真の技術やセンスは悲惨なものだが、この光景を僕は美しいと感じる。確かに貧しいし衛生的な環境ではないかもしれない。だが、そうしたことを含めて美しいと感じるのだ。今から思えばもっと沢山の写真を撮っておくべきだったと口惜しい。


水路で洗物をする老婆                                                  蘇州の路地
b0049671_19433281.jpgb0049671_19441968.jpg



 今も地域によっては残っているのかもしれないが、当時の中国では外国人が何処でも勝手に旅行できるというわけではなかった。当局が開放都市と定めた町以外への訪問は禁止されていたのだ。好意的に考えれば、外国人用ホテルなどの準備ができない場所に迎え入れるのは憚られるという中国的見栄だったのかもしれない。それでも500程の町があったのだが、なにしろ広い中国だ。3直轄市、5自治区、21省、全て合わせると面積で日本の26倍にもなる (その後、マカオと香港が返還されてそれぞれ特別行政区に、広東省から海南省が分離され省の数は22に、重慶市が昇格したので直轄市は 4になった。尚、当然ここでは中国政府が主張する台湾省は数に含めていない。またチベットやウイグルなどの自治区は実効支配域という意味で数に含めたが、その正当性を認めるものではない)。ダイジェスト的に中国全土を旅行するには充分だったが、地域ごとに丁寧に見てやろうという向きには余りに不十分だった。
 例えば今ではインドシナ山岳少数民族を訪ねる旅と言えばラオスやヴェトナムが有名だが、当時の旅行者にあってはタイ北部と雲南省しかなく、この雲南省を回ることに関しては非常に不便を感じたものだ。と言うより、中国への留学生で中国語をそこそこ操れるのでない限り、未開放地域に踏み入ることは殆どの旅行者にとって不可能だった。実際、旅行者たちは省都の昆明 (kunming) から北西の大理 (dali) や麗江 (lijiang)、または南の西双版納 (xishuangbanna) かのどちらかに向かったが、両方に行こうとすると一度 昆明に戻らなければならなかった。今では高速道路が開通したので大理までは 5時間ほどだが、当時は朝の便と夕方の便の2本しかなくそれぞれ12時間掛った。同じく西双版納州の中心の町である景洪 (jinghong) までは 2泊3日のバスに乗らなければならなかった。途中の村の簡易宿泊所で 2晩泊まるのだ。走りっ放しで 1泊2日というバスもあるにはあったのだが、当時の中国のバスはリクライニングはもとよりサスペンションという概念すら無いのではないかと疑ってしまうような代物であり、幾つもの峠を越える道は果てし無くガタガタだったから、これは相当に辛い旅だったようだ。そしてこの 2ヶ所を繋ぐルートはあったのだが、この道を通ることは許されていなかったのだ。僕がそのルートを通ったのは1999年に成ってからだ。残念ながらその間に雲南の田舎町はかなり開発が進んでしまっていた。
 また四川省や青海省、雲南省に含まれてしまっているチベット地域 (チベット名でカムとアムド) に関しても、そのほんの一部しか入ることができなかった。実際問題、そうした状況だから情報は皆無と言っても良かった。一部の留学生達は雲南や四川からチベットを目指していたようだが、一般旅行者には冒険というより無謀の領域に近かったのだと思う。本当は情報を自力で集めてそういう場所に踏み入って行くのが立派な旅人なのかもしれないが、当時の僕には思いもよらぬことだったのだ。


寒山寺門前の江村橋                                                      北寺塔
b0049671_1947390.jpgb0049671_19495022.jpg



 ここ江南においても情報は限定されていた。江南とは長江 (changjian) 河口デルタの南側一帯のことだ。中国経済の発展に伴ってこの江南の水郷地帯は大々的に観光開発が行われたようだ。それにともなって人気になった周辺の周庄 (zhouzhuang) や朱家角 (zhujiajiao) といった町の映像を時々テレビで見かけるようになったが、中国人好みに飾り付けられてちょっとツーリスティックな印象を受ける。それを異国情緒と呼ぶならそれは少し違う。テーマ・パークと伝統の美しさは別のものなのだ。おそらく蘇州の運河の風景も人々の生活も随分変わったことだろう。


b0049671_1951376.jpg
                                                         玄妙観の参拝者たち
[PR]
by meiguanxi | 2009-03-30 19:52 | 中国
<< 杭州 (hangzhou 浙江... 上海 (shanghai) :... >>