成都 (chengdou 四川省) : 四川料理と脳の関係
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                                                                杜甫草堂


 雲南省昆明 (kunming) から成都 (chengdou) までは1100km、その距離を24時間、成昆鉄道は横断山脈縁の険しい山岳地帯を走る。どうしても寝台が欲しいところだが、都合3回乗ったこの路線で硬臥 (yingwo : 二等寝台) のチケットが手に入ったのは1回だけだ。それもダフ屋から買った物だ。当時の中国では寝台の切符を取ることが非常に難しかったのだ。そして24時間という時間は、時に単に長いというだけではない苦痛を伴うものでもあったのだが、それについては長くなるので別の場所で話すことにしよう。
 成都はご存知の通り四川省の省会 (省都) だ。四川省といえば南隣の雲南省、その東の貴州省や広西壮族自治区などとともに中国では西南と呼ばれる地域だ。現在の地図ではもっと遥か西まで中国の版図として黄色く塗られているが、本来はこの辺りが南西の境界なのだ。成都のある四川盆地の西側は山岳地帯で、チベット高原から下り雲南を経てインドシナに到る横断山脈が深い皺を刻んでいる。ヒマラヤがインド亜大陸のユーラシアへの衝突でできた横皺なら、こちらは同じ原因で縁部にできた縦皺だ。地形や四川省の境界線を記した地図を持っている方なら直ぐに分かると思うが、この西部山岳地域は四川省のおそらく三分の二程の面積になる。実はこの山岳地帯がチベット人の土地なのだということは、2008年5月の四川大地震である程度は日本でも認識されたのではないだろうか。世界遺産である九賽溝 (jiusaigou) や黄竜 (huanglong) があるのもこの地域だ。だが僕はそれらを訪れていない。世界遺産に登録されたのは1992年だが、日本で一般に知られるようになったのはNHKでドラマ 『大地の子』 が放送された95年暮れ以後のことだろう。少なくとも僕がこの辺りをうろついていた90年や93年には知られていなかったし、おそらく未開放地域だったのだと思う。
 さて、しかし今回はチベット問題の話ではない。あくまで中国四川省の成都の話だ。だが、実に写真が少ない。以前にも何回か言い訳したように、この時代にはあまり沢山の写真を撮らなかったのだが、それにしても少ない。僕はこの町を都合三回訪れているのだが、本当にこれだけなのだ。おそらく今では壊されて再開発されてしまっているのだろうが、成都にも伝統的な美しい家並みはあったのだが。


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                                                           成昆鉄道の車窓

 とにかく成都に来たからには四川料理を食べないわけにはいかない。ところで中国では一般に四川料理という呼び方はしない。川菜 (chuancai) と呼ぶのだ。あるいは飲食店によっては川味 (chuanwei) とか四川風味とかいった看板も見掛ける。もちろん “川” は四川のことであり、“菜” は料理のことだ。日本で中華料理と言えば四川以外には広東料理くらいしか見掛けないが、中国には省の数だけ料理法があると言っても良い。なにしろ広いのだ。言語も同じで省の数、いや人民の数だけ言語があるとさえ言われる。中国で有名な八大料理と言えば四川と広東の他に江蘇、山東、湖南、安徽、浙江、福建などがあるが、四川料理を川菜、広東料理を粤菜と呼ぶのと同じようにそれぞれ蘇菜、魯菜、湘菜、晥菜、浙菜、閩菜という。ご存知かと思うが中国には “南甜、北咸、東酸、西辣” という言葉がある。南は甘く北は塩っぱい、東は酸っぱく西は辛いという意味だ。この “辣” は唐辛子の辛さのことだが、川菜の辛さのもう一つの本質は “麻” (ma)、花椒の痺れるような辛さだ。その代表的な料理が言わずと知れた麻婆豆腐であるわけだが、中国では一般に麻辣豆腐と呼ばれることが多い。実に辛そうな名前だ。そしてこれは実際、本当に辛い。食べねばなるまいと成都の大通りに面した一般的な飯屋でこれを注文したのだが、一くち口に運んだ瞬間に頭が爆発した。豆腐を5片ほど、皿の淵でソースを拭い落としてなんとか食べたのだが、それ以上は無理だった。しかし辛さというのは癖になる。カプサイシンの刺激はアドレナリンを分泌させる。言ってみれば脳内麻薬だ。僕はあまり胃腸が強い方ではないので、四川や雲南省などの中国西南地域を旅行しているとすぐに腹を壊す。例えば雲南からラオスに抜けると直ぐに直るのだが、麻辣の無いラオスの、言ってみれば日本人好みの味が物凄く物足りなく気が抜けたように感じるのだ。
 川菜のもう一つの有名料理に火鍋 (huoguo) がある。最近はTVで紹介されることも多いので知っている方も多いと思う。鍋が真ん中で区切ってあって、一方に香辛料をたっぷりと入れた真っ赤なスープ、もう一方に白湯スープ (“湯 tang” はスープの意味なので、これは重複表現なのだが) が入ったしゃぶしゃぶのようなあの料理だ。だが僕が中国のそちらこちらで見た火鍋には白湯は無かった。これは根拠の無い想像なのだが、あれは北京 (beijing) 辺りの資本が本場以外の人たちに売り込むために付け加えた創作なのではないだろうか。とにかく、四川でも雲南でも或いはチベットでも、火鍋はただひたすらに濃い真っ赤なスープだけだった。麻辣豆腐も食べきらない奴が火鍋など食べられないと思うかもしれない。だが、違うのだ。確かに辛い。酷く辛い。なにしろ唐辛子で真っ赤になった鍋には花椒がたっぷりと入っていて、そのぐらぐら煮える鍋に具材を放り込んで食べるのだから。ところがこれが実に美味いのだ。下の写真は成都の火鍋屋だ。こういう店がそちらこちらにあった。映っているのは店員の少女たち。まかないを食べているのだが、店には他に店員も客もいず、勝手に売り物を食べているという感じだ。テープルが少し汚れていると思うかもしれない。だがこれは彼女達の食べ方が特別にガサツだからではない。中国人はテーブルを汚すことを気にしない。というより敢えて汚す。例えば骨など食べられないものはテーブルや床に落とすのだ。みんなそのように食べる。だからテーブルにはクロスが敷いていないかビニール制かのどちらかだ。客が帰った後は店員がテーブルの残飯を布巾で床に落として掃くのだ。それはともかく、この鍋だが、客それぞれに作ってくれる物ではなく、前の客が使った鍋をそのまま出してくる。あるいはずっと置きっ放しになっている。もちろん中のスープもだ。汚らしいと思うだろうか。まあ、あれだけ辛いのだ。殺菌力もそうとうである筈だ。それに、色々な旨味が溶け込んでいるので、むしろ段々と絶品になってくるという訳だ。
 ところで、火鍋の具として何が最も美味いかと言えば、これは断突に脳だ。羊や豚の脳味噌。勿論これは個人の好みによる独断で、そんな物は食べられないという方が大方なのだろうとは思うのだが。味は鱈の白子をもう少しあっさりさせた感じ。形も似ている。大きさは女性の拳くらいだ。ただ、少し怖い話もある。この3年後、チベットの首都 (敢えて首都と呼ぶが) ラサで溜まっていた数人の日本人旅行者達と火鍋を食べに行った時、一人の青年だけがどうしても食べようとしなかった。卒業旅行で来ていた彼は、大学院入学が決まっていた医学生だった。彼の言うには、羊の脳を食する地域では昔から脳が破壊され廃人になって死に到る奇病が報告されているのだそうだ。羊には異常プリオン蛋白物質が原因で発祥すると一般に言われているスクレイピーという病気がある。異常プリオン蛋白物質が蓄積して脳が海綿状になってしまうのだが、それを人間が食することで伝染すると言うのだ。イギリスで狂牛病 (牛海綿状脳症 BSE ) が発生し、脳や骨髄を食した人間に変異型クロイツフェルト・ヤコブ病が発症して世界中がパニックになったのは、チベットから帰って数ヶ月後のことだった。1993年以前には一般人はこの病気について知らなかったのだ。医学生が脳を食べたがらなかったのも当然だ。しかし僕はその後も機会がある度に中国やヴェトナムなどで脳を食べ続けている。美味しいのだ。


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                                                          火鍋屋の小姐たち
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by meiguanxi | 2009-04-10 21:59 | 中国
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