キョネ・ウルゲンチ(トルクメニスタン):砂漠の道を突っ切る
[ 中央アジア略地図 ]
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ネジメッディン・クブラー廟
b0049671_3131677.jpgトルクメニスタンの首都 アシュガバート でキョネ・ウルゲンチ行きのバスを探す。ところがバスターミナルで問合せると、英語が通じない。旧ソ連圏中央アジアは何処もそうだが、多くの人が one~ten のカウントも英語では出来ない。
なんとか理解できたのは、どうやら違う場所から便はあるらしいということだが、僕の持っていたガイドブックにはその場所が記されていない。仕方なくタクシーを拾い、窓口の女性がキリル文字で書いてくれたメモを見せる。
連れて行かれたのは街外れの小さな市場。その前の未舗装の広場というか駐車場が、そのバス駅らしい。控えめに言っても乗り心地の良くは無さそうなバスが、確かに一台停車してはいるが、チケットブースが
                                          あるわけでも、囲いがあるわけでもなく、要するにた
ネジメッディン・クブラー廟とスルタン・アリ廟             だの空き地なのだ。
b0049671_3135610.jpg幸いバスには運転手が乗っていた。彼に話しかける…勿論、言葉は通じない。そのうちに数人の男達が僕を取り囲む。一向に要領を得ない会話…
ただ、何となく分かったことは、明日の朝にその便はあるらしいということ、チケットはその場で買うらしいということ。アナログの腕時計を指差しながらロシア語で時間を訪ねるが、彼等が指す文字盤の時間が到着時間なのか出発時間なのか、あるいは所要時間なのか、どうにも今ひとつ判然としない。

翌朝、まだ暗い裡から宿を出る。幸い、1時間後にバスは確かに来た。
街を出るとそこは既にカラ・クム(黒い砂漠)。ここから真っ直ぐ北に砂漠の真中を縦断するのだ。初めは土漠で灌木も生えていたのだが、やがて乾燥した疎らな草だけになり、そして砂丘砂漠に変わる。それは何処までも続く砂丘と土漠の海だった。何時間走っても風景は殆ど変わらない。砂丘の中の、何故こんな場所にと思うような所に、突然、小さな集落が現れる。砂丘は背後まで迫っている。おそらくは天然ガスか何かの採掘場でもあるのかもしれない。
砂漠の中の一軒屋で昼食を取る。掘っ立て小屋だ。食べられるのはプロフだけ。羊肉と共に炊き上げたピラフだ。ピラフは中央アジアが発祥なのだ。
                                                       路地で食用の種を売る老人
b0049671_3143998.jpg午後、さっきまであんなに晴れ渡っていたのに、急速に黒い雲が空を覆う。やがて砂漠にポツボツと雨粒が落ち始める。世界は薄暗い闇に包まれる。何処までも続く砂漠での移動中、夕暮れに真っ黒な空から雨粒が落ちてくるという状況に出くわしたことがあるだろうか。世界中が永遠に黒い雲に覆い尽くされてしまったような、このまま何処にも辿り着けないのではないかというような不安感、疑心暗鬼に陥ってしまう。

しかし勿論、バスは目的地にちゃんと辿り着く。
漸く辿り着いたのは、町の中心から遠く離れた、何もない道端だった。街灯なんて、もちろん無い。どっちに行けば中心なのか、宿は何処にあるのか・・・何も分からない。地図さえ持っていないし、何処にいるのかさえ分からないのだ。不幸なことに、持っていたガイド
ブックにはこの町の地図もバス停のインフォメーション              中央アジアや西アジアの老人は絵に成る
b0049671_3152313.jpgも載ってはいなかった。辺りは既に真っ暗で、おまけに雨まで降っている・・・

キョネ・ウルゲンチはアム・ダリア(「ダリア」は「川」の意)に程近い小さな町だ。町というより村と言った方が良い。ちょうど街道が交差する所を中心に、民家がポツポツと点在するだけだ。
東に行けば直ぐにウズベキスタンとの国境。ウズベキスタン側にウルゲンチという近代的な街があるが、それとは別で、キョネとは「古い」という意味。
この町の歴史は古く、11世紀から13世紀の遺跡
グルガンジ)で有名なのだが、当時の町は歴史の中で繰り返し破壊された。現在の町は、イスラム神秘教団クブラウィー教団の開祖であるネジメッディン・クブラーを祀る廟が14世紀に建立されたことに始まるようだ。

陽が沈み雨の降る中、人通りも無い街道沿いに見付けた宿は看板さえ無い平屋だった。在ったのかもしれないが、少なくとも電灯は付いていなかったしローマ字表記も無かった。こちらはキリル文字など読めないのだ。一見すると打ち捨てられた農業試験場庁舎か何かに見える。宿泊棟から広い裏庭を、持参したヘッドランプを頼りに突っ切るとトイレがある。木製の扉が朽ちた掘っ立て小屋だ。中は土間で、穴に板が二枚渡してある。誰かが何時か汚した跡がそのままだ。
部屋には鍵が掛からなかった。というか、付いてさえいない。誰かがノックする。管理人の婆さんだ。もちろん言葉は通じない。入口脇の管理室を通り越して反対側の部屋に連れていかれる。部屋の戸は開いていて、粗末なベッドに女が腰掛けている。要するに、その手の斡旋だ。やれやれ。しかし雨のそぼ降るこの寂しい町で、その女の姿はあまりに哀しく見えた。女は処理をされていない髭を生やした顔で媚を売ったが、その姿とこのシチュエーションは世界の終わりさえ連想させた。僕は勿論、適当な言い訳を残して外に出、食事とビールにありつける店を求めて漆黒の通りをとぼとぼと歩き出した。

*尚、近年は“キョネ”ではなく“クフナ・ウルゲンチ”(又は“クニャ・ウルゲンチ”)と表記されることが多いようだ。


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                  お偉いさんを迎える為か、女性達が正装で並んでいた
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by meiguanxi | 2006-09-28 03:17 | 絲綢之路Ⅱ[中央亜]
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