マラナ村の不思議な風習(インド:ヒマーチャル・プラデーシュ州)
[ ヒマーチャル・プラデーシュ略地図 ]
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                                                       マラナ村の中央の広場

広場とヒンドゥ寺院                               インド西北部、ヒマラヤ南麓のヒマーチャル・プラデ
b0049671_10463925.jpgーシュ州は、ダライラマが亡命政府を開くダラムサラがあることでも有名で、東でチベット(現中国占領状態)と国境を接している。マラナ村はこの州のちょうと真ん中にある。
 しかしマラナへの道は遠い。
 1997年8月下旬、溜りに溜まった代休と夏休み、それに多少の有給を一気に繋ぎ、3週間連続の休暇を強引に取得した。一般人には3週間の休暇と言えばちょっとあり得ない長さかもしれない。とはいえ、3週間で「旅」を簡潔させるのは想像よりかなりキツイものなのだ。
 17:10、エア・インディアはデリーに着陸する。街までタクシーを飛ばし、そのまま19:20発のバスに飛び乗る。夜行バスだ。ところが午前4時半、何も無い真
                                          っ暗な山道で突然バスは止まる。崖崩れだ。この地
ヒンドゥ寺院                                  方の道では良くあることで、この先も思うように日程を
b0049671_1047249.jpgこなせる保障は全く無い。
 結局3時間程は動いたり止まったりが続く。だが、夜が明けてもバスの行く手は長い。13:15、この州を南北に突っ切るメインルートであるクル渓谷のブンタールという田舎町に着く。ここで乗り換え。
 街道の交差点で降ろされ、雨のそぼ降る中、ローカルバスの停留所まで歩く。14時、ローカルバスは本道を東に外れ、細い道をパルバティ渓谷へと入って行く。いつ崖崩れが起こっても不思議ではないような危うい道を走る事1時間強、15:10、漸く最初の目的地であるジャリに着く。ブンタールからジャリまでは19
km。それを1時間10分だ。どんな道かが分かると思う。
 この道はこの先15kmで行き止まり成る。だから
                                          ジャリでさえ相当な田舎町なのだが、この記事の目
マラナに至る石窟路                             的地であるマラナまでは、実はここからが長い。ここ
b0049671_1048975.jpgから更に丸1日、山の中を歩かなければならないのだ。
 ジャリから谷を下り山を登り沢を渡り歩くこと15km、更に綴れ折りの急勾配を登る事3km、計6間半掛けて漸く辿り着く。人によっては9時間でも足りないかもしれない。途中には山肌の岩盤をアーケード状に穿った場所があったりもする。勿論、重機が入れるような所ではない。長い年月を掛け彼等の祖先が手作業で穿ったのだ。
 標高2650m、人口約1000人のこの村は周りから完全に孤立していて、独自の文化を育んでいる。建築物にはネパールのカトマンドゥ盆地に見られるような美しい彫刻が為されていたりするのだが、とはいえ物資は例の路を人力で運び入れるしかなく、村にある商店といったら間口のカウンターの向こうに僅かばかりの品物が並ぶだけの、キオスクのような雑貨屋が1軒あるだけだ。だがそれにも関わらず、特にヒンドゥ寺院や長老の集会場といった建物は立派で、とても徒歩でしか出入りできない山奥の村とは思えないほどだ。
 ただし、それらは神聖な場所とされ、我々が触れることは許されない。それだけではなく、道を塞ぐ巨石なども神聖な物とされていて、これにもさわれない。触れてしまうと罰金を取られるのだ。そういう建物には場合によっては掲示が掛けられていて、「振れた者、1000ルピーの罰金」と書かれている。なんでも、余所者に触れられた穢れを清める為に屠られる羊の代金だとか。

窓枠の装飾                                                バルコニーの老婆
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村のメインストリート
b0049671_10513181.jpg だがこの村の最も奇妙な風習は、彼等自信が我々外界の人間に決して触れないということだ。外の世界の人間に触れると穢れると信じられていて、貨幣や物品の受け渡しすら直接手渡しはしない。先に書いた売店で煙草を買うのにも、店番はそれをカウンターの向こうから放ってよこす。我々はそのカウンターに代金を置くしかないのだ。
 ところで、人々の着物も御世辞にも立派ではないのだが、奇妙な事にこの村の人々はことごとく金持ちらしいのだ。郵便局(当然、この村には無い)に多額の貯金があるという。勿論、それには訳がある。彼等がアレキサンダーの子孫だという村に伝わる伝説は別にして(そういう伝説は至る土地にある)、もっと現実的な収入源があるのだ。この村で産出されるある特産の加工品があり、その品質の良さで一部の人達には有名なのだそうだ。取り合えずここではマラナ・チョコレートとでも言っておこうか。もちろん標高2650mのこんな山奥でカカオを栽培している訳ではない。ここにその特産品を書くのは憚られるので、後はご想像にお任せすることにする。
 宿泊した村長の民宿で、夜、マラナチョコレート・パーティが始まった。僕はあまり好きではないので愛想程度にしておいたのだが、唯一の同宿だったイタリア人カップル達は、ろれつも回らぬほど へらへらだら~ん に成っていた。


  ※ 尚、更に詳しくは下記フォト・アルバムを合わせてご覧いただければ幸いです。
     不思議な風習のマラナ村(H.P.州 #1)  サイト名 : TRAVELOG (http://www.travelog.jp/)

 また、蔵前仁一氏著『インドは今日も雨だった』(世界文化社:97.5.1初版)を読んでこの村を訪ねたのだが、当時、日本ではこの地方に関する情報は皆無に等しかった。今では恐らく、蔵前氏の主宰する出版社・旅行人のガイドブックに詳しく掲載されているのではないだろうか。


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                                                              窓辺の家族
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by meiguanxi | 2006-10-09 10:58 | インド・パキスタン
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