イスタンブール : アジアとヨーロッパの狭間
[ 西アジア略地図 ]
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                                        スルタン・アフメット・ジャミー(ブルー・モスク)

アジアの西の端、黒海に繋がるボスポラス海峡が地中海の内海であるマルマラ海に出る処、金角湾が川のように内陸に入り込む。この3つの海が接する処こそが、イスタンブールだ。
マルマラとボスポラスの東がアジア、西がヨーロッパ。ヨーロッパ側は、金角湾が旧市街と新市街とを分ける。
イスラームの祈りの時間を告げる為にモスクから流れるアザーン、路上の物売りの声を掻き消す船の汽笛。ヨーロッパ側から旅して来た者は中東を感じ、アジア側からの旅人はヨーロッパの匂いを嗅ぐ、不思議な場所。この街はコンスタンノープルの昔から、東西の文化が行き交う場所だ。

ルーメリヒッサールとボスポラス大橋                                         アヤ・ソフィア
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グラン・バザール                                        旧ガラタ橋上からのイェニ・ジャミィ
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旧市街と新市街とを繋ぐのがガラタ橋。嘗て2組のイギリス人が新旧市街に分かれて住んでいた。彼等は夜ごとトランプに興じていた。一日交代でこの橋を渡って通ったのだ。トランプの「ブリッジ」の由来だ。橋は2層に成っていて、下階には海鮮レストランが並ぶ。長いこの橋は常に風に揺れている。歩いていると、まるで身体が浮いているような感覚がする。橋の上からは、何時も多くの市民が釣糸を垂らしている。
だが、このガラタ橋はもう、無い。今は超近代的な新しい橋に架け替えられている。初めてここを訪れた1989年、橋はそこにあった。92年には、2本の橋が並んでいた。2000年、三度訪れた街に、古い橋は既に無かった。新しい橋にレストラン街は造られなかったが、それでも、忙しげに足早に橋を渡る人々と釣り人、そして橋上の物売りの姿は変わらない。

スルタン・アフメット・ジャミー(ブルー・モスク)                           カーリエ・モザイク博物館
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この橋の旧市街側をエミノニュと言う。ここはボスポラス対岸や各地へのフェリーの港であり、ヨーロッパ側の鉄道の終着シルケジ駅も近く、何時でも賑わっている。
路上に小さな台を置いただけの物売りが声を上げる。ムール貝にピラフを詰めたスナックだ。その場でレモンを絞り、立ち食いする。サバ・サンドという食べ物をご存知だろうか。文字通り鯖の半身をオリーブオイルで焼き、フランスパンにトマトや紫玉葱などと挟んだサンドウィッチだ。これが実に素朴で美味い。エミノニュの岸壁に停泊したサバ・サンド舟はイスタンブールの名物だ。
夕暮れ、人々は家路を急ぎ、恋人達はカモメにパンを投げる。旅人は長い旅を想い返し、汽笛とアザーンと物売りの声の中、暮れなずむ街を眺めている。

補足) アヤ・ソフィアはこちら
     旅行記はこちら

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                                                      曇天・寒風の旧ガラタ橋
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by meiguanxi | 2006-11-02 00:34 | 絲綢之路Ⅲ[西亜]
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