カシミール&ラダックへの道(インド)前編
[ カシミール・ラダック略地図 ]
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                                                ゾジ・ラ(峠)への登りで停滞する

 東京からのエア・インディアは17:20、デリーのインディラ・ガンジー国際空港に着陸する。1994年夏の終わりのことだ。
 入管と税関を過ぎて到着ロビーを出た瞬間からインドは始まる。街までのタクシーとの早速の不毛な交渉、いや闘いからしか事は始まらないのだ。
 しかしこの時の僕には彼等とゆっくり遊んでいる時間は無かった。代休と有給を夏休みに組み込んだ休暇は僅か2週間。14日後には帰国していなければならない。2週間で陸路、デリーからジャンムー・カシミール州のシュリーナガルを経てラダックのレーに至る。至るだけならまだしも、13日後の東京便はもちろん FIX だ。しかも、レーからの帰路、デリーまでは国内線のフライトに乗るならばなんとか日程をこなせるだろうという無謀な計画。ところが、当然の様に、その便の予約ステータスはリクエスト。金銭より時間という割り切りではあったのだが、この便のステータスOKを東京で、しかも個人で取るのは不可能に近かった。

シュリーナガルのハウスボート自室にて       とにかくタクシーを飛ばして街へ急ぐ。ニューデリー駅前の旅行者が
b0049671_1139108.jpg集まるメインバザールと呼ばれる狭い道、その入口周辺に悪名高い旅行代理店が集中している。旅行者が集まるといってもバンコックのカオサン・ストリートのような所を想像してはいけない。地元の人々の生活の場であり、地方から出て来た人、物乞い、車、オートリクシャー、牛、そんな全てインドがもぞもぞと蠢いている場所だ。できるならこの辺りの代理店とはあまり関わらない方が無難だ。タクシーから降りた僕は、だが真っ直ぐにそんな店の1軒に飛び込んだ。今日中にシュリーナガルに向けて出発する交通機関は在るや無しや?しかしてそれはあった。代理店に話を持ち掛けて15分後、ピックアップ・バスに乗り郊外へ。路上で待ち受けていた夜行バスに乗り換える。デリーに着陸してから1時間35分後のことだ。
 暗い夜道をひたすら走り続けたバスは早朝7:30、ジャンムー郊外の路上で停車する。ここで前に停まっていたバスに乗り換えさせられる。代理店は直行だと言っていたのだが、まあ、良くある話で、とにかくチケットが確かに全線通しであったのだから、文句は無い。
 15分後に走り出したバスの中でどの様に過ごしたのか、車窓はどうだったのか、食事休憩はどんな場所だったのか、全く記憶に無い。早朝に家を出たのだから前の晩もろくに寝ていない。それで長いフライト直後の夜行バスだ。2日間まともに眠っていない。しかもインドの長距離バスだ。リクライニングはもとより、サスペンションという概念があるのかすら怪しいような代物なのだ。ところがそう、まだジャンムー
                                でしかない。
 とにかく記憶に無いものは書きようが無い。
ただ、走り出して数時間で崖崩れ現場に遭遇         シュリーナガルでの故障で左から右に乗り換えて再出発
b0049671_11394854.jpgし暫く停車したこと、この後、度々同じような
崖崩れの為に停滞したことは覚えている。だがはっきりした次の記憶は12時間以上後の事のことになる。夜の20時だ。バスは薄暗い田舎バザールの路上に停車した。バザールといっても中東のそれではない。要するに商店が集まった場所だ。そこは街道沿いに幾軒かの食堂や商店の並ぶ、言ってみればドライブインのような村であるらしかった。ドライバーが何事が早口で乗客に叫ぶ。客達はざわつき、苛立ち、或いは溜息をつく。悲しいことに状況をキチンと説明してくれるような人はいなかったのではっきりしないのだが、とにかく、今夜はここからバスが動くことはないらしい。この先に大きな峠があり、そこがトンネルに成っていて、そこを越えるとシュリーナガル盆地である筈なのだが、どうやらそのトンネルを通過する時間に間に合わないとか、或いは到着が遅く成り過ぎるとか途中の道が危険だとか、要するにそんなことのようだ。やれやれ、何も判っていない…バスを降りて宿を探してみるが、空き部屋を見付けることができない。しかたなくバスに戻ると、殆どの乗客達が車中で夜を明かすようだった。疲労と不安とを抱えながら、バスが停車している近くの飯屋に入って適当な食事をとり、水と煙草とビスケットを買って、狭い車内に戻る。
 翌朝、まだ暗い道をバスは走り出した。バザールを過ぎると山道はぐんぐん標高を上げる。九十九折の道を喘ぎながら、ゆっくりとした速度でバスは登っていく。霧が樹木を濡らしている。やがて問題のトンネル。
 こうして漸くシュリーナガルに到着したのは、インドに降り立って3日目の午前11:30だった。
 シュリーナガルはジャンムー・カシミール州の有名な観光地だが、この時、ゲリラの活動が活発になってきており、訪れる旅行者は極少ないようだった。詳しくはこちら

ソーナーマルグ                                            ソーナーマルグからの山並み
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ゾジ・ラ付近                                                      ゾジ・ラ東側付近
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 さて、シュリーナガルのダル湖に浮かぶ小さなハウス・ボートで2泊した翌朝、1時間以上遅れて8:40に出発したレー行きのバスは、暫く走った所でギア・トラブルに見舞われる。まあ有体に言えばよくある故障だ。応急処置をして町に引き返し、代替のバスに乗り換え再出発したのが10:40。この旅での移動にはつくづくツキが無いらしい。
 ソーナーマルグで昼食。この先はゾジ・ラ(ラ=峠:3530m)への急な登りに成る。ソーナーマルグは谷沿いの草原地で、四方を山に囲まれた美しい場所だ。植生の薄い山肌を縫うように、目の前にはゾジ・ラへの道筋が九十九折に登っている。
 シュリーナガルへのそれとは比べ物にならない登りを、それこそ喘ぎながら、一歩々々踏みしめるようにしてバスは進む。狭い未舗装の山道には、沢山のトラックが連なっている。一回ではハンドルを切りきれない折り返しを何度も切り返す。16時、バスは停まった。そのまま動かない。先を見ると、道の遥か上まで繋がったトラックの列も、ピタリと動きを止めている。進むことも戻ることも出来ない危うい道。ソーナーマルグの村が断崖の遥か下方に見える。やがて陽が沈む。時間だけが無意味に流れていく。トラックのドライバー達の中には、断崖と車の連なる狭いスペースにコッヘルを広げて食事を作り出す者達もいる。だれも騒がないし文句を言っている様子も無い。何処からどうやってやって来たのか、物売りがスナックや水を売りに来る。空には満天の星。
 もしも時間のある旅だったのならこんな状況もそれとして楽しめるのだろうな、僕は星空を見上げながらそんなことを思っていた。しかし今は、焦りだけが募っていた。仕事に間に合うように帰りつけるのか?
 22時、隊列は何の予告も無くぞろぞろと動き出した。23時、ゾジ・ラ通過、1時、ドラス村通過、4時、カルギル到着。この5年後、99年の戦闘で壊滅的な打撃を受けたと報道されることになる村だ。本当ならここで1泊の筈だった。バス駐車場には何軒か、こんな時間だというのに灯りが点った店がある。灯りといっても電気ではなくランプだ。バスを降り簡単なスナックを買い食いする。真っ暗な駐車場は未舗装らしく、ぬかるみに足を突っ込む。
 宿泊の筈が30分の休憩だけで発車したバスはその後、まだ暗いナミカ・ラ(3718m)、漸く東の空が白み始めたフォテュ・ラ(4107m)を越え、要塞ゴンパ(チベット仏教寺院)で有名なラマユルのドライブイン(町ではない)でブランチ休憩を取り、そして遂にとうとう16時にレーの町に到着する。東京を出発して5泊6日、うち3泊がバス車中というハードな移動だった。勿論、シュリーナガルからのバスに関して言うならば本当にハードだったのはドライバーであって、危険な峠道の連続を眠っていないドライバーが運転するバスに乗っていた我々乗客にとっては、無地に目的地に辿り着いたことが既に、ただ単に幸いだったと言うべきなのかもしれない。
 だが、話はこれでは終わらないのだ。

後編に続く:深夜に通過した筈の下4枚の写真が存在する理由を含め)

カルギルにて(同右)
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by meiguanxi | 2006-12-17 11:46 | インド・パキスタン | Comments(4)
Commented by lunablanca at 2006-12-19 16:57 x
うぁ~、やっぱり仕事をもつ身でのインドは怖いなぁ。
辞めてから行きます。いつになるかなぁ。
Commented by meiguanxi at 2006-12-19 23:00
いや、その、インドといってもカシミール / ラダックとかヒマーチャル・プラデーシュの山奥とかに行っちゃうからこう成ってしまうのであってw この当りはインドでもあまりインド的じゃない場所なんです。
いわゆるインドっぽいインドならそんなに時間が無くても行けますって。ただ、ろくでもない連中が手薬煉引いて待ち構えてたりするけどねww
Commented by nyannyan at 2011-11-18 12:20 x
かつてソーナーマルグまで行って、その先を諦めた私。
ここまで読んでドキドキしています。
さぁ、続きを読ませて戴きますよ~!!
Commented by meiguanxi at 2011-11-20 14:50
nyannyan さん、ソーナーマルグに宿泊したんですか。泊るには寂しそうな場所だけと、夕暮れや時や朝の美しさは格別でしょうね。
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