カラ・カルパクスタン : (ウズベキスタン)砂漠の遺跡
[ 中央アジア略地図 ]
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                                                         アヤズ・カラ小遺跡

 以前紹介したヒヴァの西にはカラ・クム(黒の砂漠)が広がっているが、ヒヴァの東数十キロを流れるアム・ダリア(川)を渡ると、そこから東はキジル・クム(赤の砂漠)だ。つまりはアム・ダリアは2つの広大な砂漠の間を流れている、或いは砂漠を分けて流れているのだ。
 カラ・クムのこの辺りから北、アラル海に掛けての地域がカラ・カルパクスタン共和国。カラ・カルパック人はウズベク人と同じくテュルク系民族で、スンニ派イスラム教徒だが、言語的にはカザフ語に幾分近く、ウズベク人が定住民族であるのに対して遊牧民族。共和国といっても自称なのだが、かなりの自治権が与えられているらしい。

アム・ダリア                                                  河岸の瓜(メロン)売り
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 ソ連時代にアム・ダリア上流域では大規模な灌漑事業が行われ、トルクメニスタンの首都アシュガバートを通過する全長850にも及ぶ大運河が建設された。この為にトルクメニスタンは世界有数の綿花生産地なった。だが、その影響はもろにウズベキスタンのこの下流域を襲った。今ではアム・ダリアは河口が先細りアラル海は海岸線が100kmも後退した。河口にあった港町は舟の墓場と化している。トルクメニスタン政府は将来、この運河をカスピ海にまで伸ばし、全長1500kmにする計画だと言う。

アヤズ・カラ大遺跡                                                   大遺跡の城壁
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大遺跡からのカラ・クム                                                 放牧する少年
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 このカラ・カルパクスタンの砂漠には、トプラック・カラ遺跡やコイ・クルルギャン遺跡など、紀元前からの遺跡が数多く点在している。上の写真はその中のひとつ、アヤズ・カラ遺跡。小高い丘の上に築かれた、城郭都市遺跡だ。実はアヤズ・カラには大小2つの遺跡がある。2枚目の写真が大遺跡で、上は大遺跡から見下ろした小遺跡。
 羊を遊牧する父子に出会ったのだが、見渡す限りの土漠。いったい彼等は何処からやって来たのだろう。
 尚、上の写真の遠方に見える煙は、天然ガスの採掘と思われる。

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                                                           トプラック・カラ遺跡
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by meiguanxi | 2007-01-09 23:59 | 絲綢之路Ⅱ[中央亜]
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