騰沖 (Tengchong 雲南省) : ビルマ国境への旅
[ 雲南省略地図 ]
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                                                              騰沖の市場

包子(パォヅ:肉饅)売りの三輪自転車
b0049671_1173583.jpg 六庫(リィゥク)から怒江沿いに真っ直ぐ南に下る。一旦、雲南省最西端でビルマに繋がる公路に出て、援蒋ルート(「六庫」の記事参照)攻防戦で日本軍が玉砕した龍陵(ロンリン)から再度北上すると、六庫から8時間で騰沖(タンチョン)に着く。雲南西部に、岬のように一部ビルマに突き出した部分がある。その付け根だ。
 インドからの補給路を断つ目的で日本軍が空爆した歴史がある。雲南省の西からだけでなはく、北からも援蒋ルートはこの町を通って延びていた。これほど遠く、一見日本とは何の関係も無さそうな山深い小さな町さえも、戦争は巻き込んでいたのだ。


                                                                露天商の老人
b0049671_1182440.jpg この付近は騰沖火山地熱風景区に指定されていて、近くには源泉94度の温泉地がある。だが、勿論ここに温泉に入る為に来たわけではない。旅の目的はと言えば町を渡り歩くことそれ自体としか言い様は無いのだが、副次的には少数民族を訪ねる旅だ。
 この町に寄ったのは、目的地への途中下車だ。騰沖の町自体に何かの目的があった訳ではない。考えて見れば、民族衣装や伝統的生活を求めての訪問というのも、随分と失礼な話ではある。専門的な研究とか調査といった訳でもなく、なにしろただ他人の生活の場を覗き見に行くのだから。
 この町に着いた時(1999年初頭)、メインストリートは全面的に掘り起こされて、改修中だった。酷く埃っぽい。小さな町でおそら一番と思われるホテルに入ったのだが、水道さえ出ない。朝までは出ないと言う。勿論、シャワーなど望むべくもない。ボロバスでの長い山道の移動、埃っぽい街路、やれやれだ。
 だが、それさえ除けば、何があるという訳ではないが、落ち着いた静かな町並みは悪くはなかった。市場にも思いのほか活気があった。なんといっても、雲南の町ではよく見る光景だが、夜になれば数軒の屋台が出る通りがあった。
 屋台でビールでも呑めば、僕は大概の事は許せてしまえるのだ。



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                                                           騰沖の裏路にて
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by meiguanxi | 2007-02-23 02:51 | 雲南省と少数民族
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