from Tokyo : 満身創痍・惨敗のザンスカール・トレッキング #5
[ カシミール・ラダック略地図 ]                                          2007年7月9日

その1
その2
その3
その4の続き

 赤ら顔のトゥクテンが戻って来たのは7時近くになってからだった。何処へ行っていたのかとの僕の問いに彼は、「今日は“メラ”なんだ」と答えた。「ねえトゥクテン、家の中へは入れるのかな?」「No」彼の声は力強く明確に響いた、「今日は“メラ”だ」。僕には彼が何を言っているのか、初めのうち良く理解することができなかった。「家の人は何処に行ったの?」「“メラ”」…“メラ”というのがなんであるのか僕は質問してみた。彼は暫くそれについて考えていたが、やがてこう答えた、「One Zanra sister go XXXX」最後の部分は地名らしかったが、僕の知らない地名だった。
                                               そういえばゴンパからの帰りに村外れで太
ザンラ村の結婚式                                   鼓や笛の音に誘われて1軒の家に近付くと、
b0049671_863472.jpg何人もの子供達が塀越しに庭を覗き込んでいた。沢山の人達が庭に敷かれた絨毯に座り、何かしらの宴が執り行われている。中にはラダックでも滅多に見かけることのない正装をした男達もいる。どうやら結婚式のようだったが、新郎新婦の姿は塀の外からは確認することができなかった。こういう場合、もう少し積極的に目立ってみたりすると、酔っ払った誰かが珍しい陳客として強引に招き入れてくれたりするのが常なのだが、体調不良の状態の僕にはその元気は無く、塀越しに数枚の写真を撮ってその場を離れたのだった。
 彼とのたどたどしい会話からすると、どうもこの “sister” というのは彼の姉妹という意味では無く、要するに「このザンラ村のとある女性が何処かの村に嫁いで行く」という意味らしい。それが彼の知り合い筋なのかどうか、そこまでは確認できない。「今日はこの家に泊まるんだよね?」と僕は確認してみた。「そうだ」彼の答えは明確で自信に溢れている。「じゃ、どうして家の中に入れないんだろう?」「今日は“メラ”」…「家の人は何時になったら帰って来るのかな?」「知らないが…7時か8時か…」「ねえトゥクテン、もう既に7時だ。もう直ぐ帰って来るってことかな?」「…今日は“メラ”なんだ」やれやれ、どうも僕に出来ることはまだ何もないらしい。なにしろ今日は“メラ”なのだ…
 ところでこの夜は結婚式に関係した人々にとってばかりではなく、僕達2人にとってもある意味で大切な夜であったのだ。なにしろ明日早朝、僕は病院に行くためにバスで35km離れたザンスカールの中心パドゥムに移動する。トゥクテンは彼の希望でその7km手前の彼の村に1泊することになっていた。本来ならトレッキングの期間内に、いくら通り路だからといっても馬方が自分の村に帰ってしまうなどはありえないことではあるのだが、僕が負傷し、連れていた馬に子馬が生まれてしまったのだ。この先も子馬を連れて歩く訳にはいかないし、どのみちパドゥムの次はお祭りを見るために僅か6kmしか離れていないカルシャに向かうのだし、そこにはバスも走っている。そんな訳で彼の申し出を承諾していたのだ。だが、明後日、僕達は何処かでどのようにしてか落ち合わなければならない。食料等の荷物は彼に預けることになるだろう。そうした相談をしなければならないのだ。
                                               しかも、ザンラに向かって歩いている途中、
チョモ・ゴンパ(尼僧院)からのザンラ                      彼は奇妙な申し出をしていた。パドゥムとカル
b0049671_89367.jpgシャには馬を連れていかなくて良いか、というものだった。ザンラに到着したのが7月9日、ラマユルから出発してちょうど10日目だった。僕の契約は16日間あり、当初予定ではカルシャの祭りを観た後、更に数日、中心地より西側の村を回ってパドゥムに帰って来ることになっていた。確かに僕は負傷してしまっていたし、その為にザンラから先の村を訪ねることを諦めて病院のあるパドゥムに急ぐことにしたのだった。だが、病院での診察の結果次第では、当初予定通りとはいかないまでも、もう少し近場の村は訪ねることができるかもしれないと思ってもいたのだ。いや、ことと次第によってはカルシャの祭りも諦めるしかないのかもしれない。なにしろ翌日10日にパドゥムの病院に行ったとして、祭りは11日と12日なのだから。だがもちろん僕はこの申し出は承認しなかった。彼に言わせると「パドゥムやカルシャには良い草がない」からというのが馬を連れて行きたくない理由なのだが、どうもこの話は合点が行かない。なにしろトレッキングのコースは事前に伝わっている筈なのだから。勿論、彼が何頭の馬を所有しているのかについても訊いていたし、彼の答えは3頭だった。母馬を置いて来ても2頭は連れて来られる。彼は不服そうではあったが、当然ながらそれについては了承した。
 家人の帰りを待つ間、それらにつても話をしたのだが、どうもきちんとした会話が成立しない。僕の提案は、明後日、とにかくカルシャに行くということだった。足は酷く痛んだし腫れている。だが幸いなことに骨が折れているということはなさそうだし、落馬によるダメージも酷かったが急いでどうこうという時期を過ぎてもこうして取り合えずは生きている。ここまで来てカルシャの祭りを観ない訳にはいかない。だが、とにかく病院に行き、ドクター・ストップが掛ってしまった場合には諦める。そうでない場合には16日間の期限までは幾つかの村を回る。
 しかしこの提案には少し無理があったのは事実だ。トゥクテンには明後日、カルシャで会おうと言ったのだが、もしドクター・ストップが掛った場合には僕はそこに行けないことになる。だが僕はその可能性を無視した。「ねえトゥクテン、僕はどうしても明後日、カルシャに行く。だから君は祭りの終わる午後で良いからカルシャのゴンパに来てくれ。そして、もし医者が問題無いと言ったのなら旅を続けるから、馬は連れて来てくれ」 彼は了承し、明後日の10時にパドゥムに行くと言った。「祭りが何時に始まるか知ってるかい?」 彼はそれを知らなかった。僕も知らないしガイド・ブックにも書いていない。派が違うが、先月末に観たヘミス・チェチュの初日は朝から始まった。分からない以上、早朝に行くしかない。「僕は早朝にバスかジープを捕まえて行くから、君は午後で良い。できれは3時(15時)頃にゴンパに来てくれないか?」 ところが始めは10時にパドゥムに行くと言った彼の言葉が急転する。5時(17時)だと言い張るのだ。彼の村からパドゥムまで彼の足で1時間半、そこからカルシャまでも同じくらいの筈だ。しかし頑として譲らない。なぜ彼がその時間に拘るのか、そしてどうして急に話が違ってしまったのか、僕には全く理解できなかった。
 「“メラ”をやっているから5時で問題無い」と彼は言った。どうも彼は“メラ”という言葉を祝い事一般を指すものとして使っているようだ。だが、ヘミスの祭りは午後のそんなには遅く無い時間に終わっていたように思う。多分、4時とかそのくらいだ。少し勝手かもしれないが、祭りが終わった後でお茶もテントも無く、言ってみれば保障があるとも言い難いかもしれない彼を待っているのはやや憂鬱な気がしていた。
 ところが彼はここで唐突にさっき済んでいる筈の話題を持ち出した。「Padum Karsha horse no go. OK?」 もちろん彼は明らかに酔っていた。僕は辛抱強く初めから丁寧に説明を繰り返した。「いいかい、僕は明日パドゥムに行って、病院に行く。そして明後日の朝、カルシャに行く。もし医者が…」 トゥクテンの言葉が僕を遮る「After tomorrow no go Karsha!」 今度はカルシャに行かないと言い出したのだ。「ねえ、僕はカルシャ・グストルが観たいんだよ」 「Tomorrow Karsha no “mera”」 「いや、明日じゃない、明後日だ」 「Oh! After tomorrow Karsha no “mera”」 「ねえ、今日は9日だ。明日は10日。僕は明後日の11日の朝、カルシャに行く。カルシャの祭りは11日と12日だろ?」 彼は日にちを頭の中で反芻して「そうだ、そうだ」と言って謝ったが、馬を連れて行くということについては承諾しない。
 僕はそれらのことについて彼と話すことを諦めた。「OK、僕の見るところ、君はちょっと呑み過ぎている。この話は明日にしよう」 彼は酔っていることを認めなかったが、僕は彼を無視した。「ところで、既に8時に近いんだけど、“メラ”は何時に終わるのかな?」 「知らないけど、9時か10時か…」 やれやれ、さっきとは話が違う。「ねえ、僕も承諾しはしたけど、今日はテントを張らずに民家に泊まると言い出したのは君だ、そうだよね? 僕は非常に疲れているし足の状態も良くないし身体のそちこちも痛い。早く部屋に入ってお茶を飲んで食事をして休みたいんだ」 トゥクテンは明確に自信を持って答えた、「tea, dinner, room, no problem!」 良くは分からないが、彼としては家人さえ帰宅すれば部屋はもとより食事も出してくれるから心配は要らないという意味のことを言っているらしい。「もう1回言うけど、僕は非常に疲れていて足も痛い。咽喉も乾いたしお腹も空いた。そして何よりも休みたいんだ。できれは君が“メラ”に行って家人を連れて来てくれるか、或いは鍵を貸してもらって来てくれないか?」 彼は明確にしっかりと回答した、「No!」 そう、今日は“メラ”なのだ。
 僕は諦めて黙り込んだ。或いは健康な状態であったなら、その“メラ”に一緒に潜り込んで呑んだり喰ったり写真を撮ったりといった方向に流れを持って行けたのかもしれない。しかし今、僕には全くそんな元気は無かったし、身体だけでなく精神的にも疲れていた。黙り込んで溜息をつく僕にトゥクテンが、明確で迷いの無い声で訊いた、「Problem?」 その声は質問と言うよりは疑問、或いは詰問にさえ聞こえた。
 「This is problem!」 僕は少し声を荒立てた。「トゥクテン、君はなぜ今日はキャンプではなく民家に泊まると言い出したんだ? 酒を呑みたいからなのか?!」 言い掛かり的な言い方だったかもしれないが、少なくとも彼は酒を呑み食事を済ませているのだ。彼ははっきりと答えた、「yes!」 やれやれ、勿論そんな筈はないだろう。おそらくこの村に入るまでは結婚式のことなど知る筈もなかったのだ。英語が上手く通じていないのか、或いは単に酔っているだけなのか、僕には良く分からなかった。僕はこの10日間、彼に対して怒ったことも声を荒げたことも無い。だが、この一言とその自信に満ちた表情は疲労した僕の理性を切ってしまうのには充分だった。僕の修行は年齢の割りには未熟なのだ。「“メラ”が何時終わるのか知らないが、トレッキングでは9時といったら全てのトレッカーが眠りに就く時間だ。なのに8時を過ぎて僕はまだ1杯のチャイさえ飲めずにいる。君は酒を呑み食事もした。なのに僕は食事もできず横になることもできない。怪我をしているのに何故、この石段に座って待っていることだけしか許されないんだ?!」 彼はキョトンとしていた。急に声を荒げた僕に驚いたのかもしれない。
                                               暫くして彼は、「じゃあ、テントを張るか?」と
ザンラ・カル(王宮)                                  言った。それは「そんじゃテントを張れば良い
b0049671_813345.jpgんだろ!」的に僕には聞こえた。或いはそう聞こえたのは僕が偏狭だからなのかもしれないが、いずれにせよ今更テントを張るという言葉に僕の脆弱な精神はかなり打ちのめされた。「何処に?」と力無く溜息交じりに訊く僕の前を通り過ぎると、彼は建物の横に付いた木戸を開け、その向こうを指差した。そこは馬を繋いである場所だ。藁が敷かれ、馬の排泄物が散乱している。「そこは馬の場所だ」と言うと、彼は「No!」と言ってその脇を指した。確かにその脇に少し壇に成った僅かな場所があった。おそらく家人が何かの作業に使う場所なのだろう。だが、テントを張れるようなスペースではない。
 僕はいい加減、うんざりしていた。塀の外の道端にテントを張れる程度の僅かなスペースがあることを僕は知っていた。勿論そこは道端であり、スペースがあることとそれに適していることとは違う。とにかく何処でも良いから横になりたかった。「水は何処から汲めば良いんだ?」と僕は訊き、答えを待たずに門扉をくぐった。後ろから付いて来たトゥクテンが僕を追い越し、どんどん村の裏に登って行く。この村は30軒ほどの集落で、中心部は路に沿って非常に狭い範囲に民家が連なっている。路から2軒先の山側に流れる水路で彼は立ち止まった。しかし、僅かな距離とはいえ、その暗く成ってしまった斜面を登ることは今の僕にはけっこうな苦労を要した。少し意地の悪い気持ちになっていたのだろう。漸く追い付いた僕は「あまりに高過ぎる」と静かに言った。「俺が運ぶから問題ない!」 そう言って彼はどんどん斜面を下って言った。斜面の下から彼が斜に振り向いて言った、「dinner, you go Gompa, problem!」 ゴンパなんかに行ってるから食い損なうんだ、とでも言おうとしたのだろうか。一方的に捲し立てられて彼も腹を立てたのだろう。確かにこんな身体で断崖のゴンパに登るなど、真っ当ではないのかもしれない。だが、僕は仕事でトレッキングをしているのではないのだ。ゴンパなんかに行ってるから食い損なった?何故そんなことを言われなければならないのだ。斜面を下る時、トゥクテンはポリタンクを持ってもう一度登って来たが、僕は彼を無視して擦れ違った。彼は暫く戻って来なかった。
 ところが戻って来てポリタンクを置くなり、彼は僕の荷物を担いで言った、「Go!」 Go?何処へ? 「Room」 そう言うと僕のメインザックと食料の入ったスポーツバッグを担いだ彼は、僕の答えを待たずに門を出て歩き出した。僕は慌ててサブザックだけ担いで彼の後を追う。彼が向かったのは初めに酒を呑んでいたあの家だった。この辺りの家の1階は真っ暗な土間で物置とかそういうスペースに成っている。ヘッドランプを付けて奥にある筈の階段を探す。狭く急な石の階段だ。登り切ると2つの部屋に電気が付いていた。トゥクテンはさっき男達が酒を呑んでいた部屋に荷物を置いた。「家の人は?」と訊くと“メラ”という答えが帰って来た。どうも了解を取っている訳ではないらしい。「OK?」とトゥクテンは訊いた。その声は「これでいいだろ!」といった響きに聞こえた。
 水と灯油タンク、それともう1つの食料バッグをもって戻って来たトゥクテンに、「ストーブを焚きたいんだが」と訊いてみた。部屋には入れても家人がいないのではお茶も飲めないのだ。彼は「ここで良い」と半ば捨て鉢に言った。確かに人々が土足で上がっていた部屋ではある。彼等は土足で部屋に上がり、敷かれた絨毯に土足で座る。しかし紛い成りにも絨毯の敷かれた部屋でストーブを焚くのか?僕は暫くぼうっとしていた。もちろん絨毯は汚れている筈だったが、そんなことはどうでも良かった。置かれたザックに頭を乗せるとその場に横に成った。「茶を沸かさないのか?」と訊く彼の質問を無視して、「バスは朝の8時だったよね。君はどうする?」と訊いた。「朝7時半ここに来る」 彼はここにではなく、さっきの家に泊まるのだという。
                                               彼が部屋を出て行った後、僕はその場で
ジョン・カル(旧王宮)のゴンパからザンラ村                  MSR(ストーブ)のボトルにタンクから灯油を
b0049671_8163313.jpg入れた。隣の部屋には炊事用の土間があることを僕は知っていたが、そこまで行く気力が湧かない。どうでもいいというような気持ちに成っていた。或いはさっきのトゥクテンの言葉が捨て鉢に聞こえたのは、僕の気持ちが捨て鉢だったからなのかもしれない。断熱版を敷いてその上でストーブに余熱を入れた。このMSRというストーブ(コンロ)の余熱は、ボトルから少量の燃料を受け皿に流し、そこに直接火を付ける仕組みに成っている。炎は小さなストーブ全体を包み込むほど大きく成る。幾ら断熱版を敷いているとはいえ、とても絨毯の上で使うような代物ではない。少なくともこの家の人には何の責任も無いのだから、酷い話だ。だが、そういったことにさえ気を使えないほど、僕の心は荒んでいたのだ。
 ところがお湯を湧かしていると家人が帰宅した。主人が部屋に入って来る。僕は「ジュレー」と笑顔で挨拶するしかない。やれやれ、僕が何者なのかについては知ってはいるだろうが、どうしてその僕がここにいるかについて、そしてどうしてストーブなんかを燃やしているのかについて、どうやって説明したものか。おそらく彼は英語など話せないのだ。だが彼は「やー、ジュレー、ジュレー」 と挨拶すると 「プリーズ、プリーズ、スリープ」と言って一番奥の少し壇に成った場所を、上に向けた掌で指した。言ってみればそこは上座で、おそらくは家長とか主賓の席だろうと思われた。僕はストーブを使っていることについて心苦しく思ったのだが、彼はそのことについては何も言わなかったし、それを見さえしなかった。むしろ卑屈とさえ見える表情で僕に奥の場所を勧めて出て行った。他の家族達は部屋に入って来ない。どうやら隣の土間のある部屋(そこは昼間、僕がチャイをご馳走になった部屋だ)にみんな入って行ったようだ。
 家主が出て行ってしまうと、僕はティーポットにチャイを入れ、カップにネスカフェを入れた。例によってそのコーヒーにブランデーを注いだ。だが、それ以上の作業をする気には成れなかった。鞄からビスケットと取って置きのハムの缶詰を取り出した。サブザックの中には今朝、オランダ人婦人が半ば無理矢理に押し込んだドライ・アプリコットがあった。それらを奥の壇の前に置かれた低いテーブルに運んで食事をした。時間は既に9時を回っていた。空腹の筈だったが、食事は上手く進まなかった。やがて部屋の電気が消えた。それと同時に隣の部屋の話し声や物音も消えた。この部屋に電気のスイッチは無い。隣で消したのかもしれないし、或いは消える時間が来たのかもしれない。     (つづく
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by meiguanxi | 2007-08-13 10:51 | Air Mail
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