パドゥム (ザンスカール) : ヒマラヤの孤島
[ カシミール・ラダック略地図 ]
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                                                        パドゥム旧市街と盆地

 ザンスカールはインド西北部ジャンムー・カシミール州の東部、チベット文化圏であるラダック地方の南に位置する。ヒマラヤ山中のインダス川上流域に広がるラダックの南側であるのだから、少しはラダックより低地文化圏に近いのかというとこれが全く逆で、むしろ殆ど陸の孤島のような場所だ。インダス川は南東を上流にラダックの谷を北西に流れている。ラダックの中心の町レーの西36kmのニンムという村付近でインダス川に南から合流する大きな流れがある。ザンスカール川だ。この川を遡る自動車道路(未舗装)は2・30km先で大きな山塊に阻まれて途切れている。ザンスカールの村々はその遥か先に点在している。
                                     ザンスカールへの自動車道路は今のところ唯一1本だけだ。
祭りを見物する老婦人                     レーからカシミールの中心であるシュリーナガルへ通じる道が
b0049671_10535470.jpgある。標高3500mから4000m程の峠を3つも越え、丸1泊2日掛る険しい道だ(旅行記)。バスでなら途中のカルギルというムスリムの町で1泊することになる。ザンスカールへの道はこのカルギルから南東に伸びている。バスは不定期で、概ね2日に1本。以前はカルギルから往復していた筈だが、今はレー発のバスがカルギルで1泊してザンスカールに向かう。殆どは未舗装の狭い道で、バスは平均時速30kmほどしか出せず、標高4401mの峠(ペンジ・ラ)を越えて12時間から15時間も掛かる。これが唯一の車道であるわけだから、バスや車を使う場合には往復ともこの道を通ることになる。
 だが、道は何も車道だけではない。レーからカルギルに向かう道の中間点に、断崖に建つゴンパ(チベット仏教僧院)の景観で有名なラマユルという村がある。ここから険しいトレイルをテントと食料、燃料とを携帯して(馬に乗せて)歩くこと最短でも9日から10日、漸くザンスカールの中心であるパドゥムに至る(旅行記)。
 シュンと呼ばれるザンスカールの中心部は四方を5000mから6000m級の険しい山々に囲まれた、一辺が6km程の逆三角形をした盆地だ。逆三角形の西の角から北西の谷にカルギルへの道が伸びていて、この道に沿ってスー川が流れ込んでいる。一方、南側の角から南西の辺に沿って流れて来たツァラプ川が、東の角でスー川と合流しザンスカール川と名を変える。川はこの東の角を北東の谷に沿って進み、やがて大きく北西に回り込む。回りこんだ川は更に北東に方向を変えるのだが、ラマユルへのトレイルはザンスカール川が再び方向を変える前に峠に登り、山中を北上する。

旧市街の屋並                                                     旧市街とゴンパ
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 パドゥムはこの逆三角形の盆地の南の角にある小さな町だ。いや、今でこそ商店や宿が並び一応は町の体裁を整えてはいるが、実際のところは村だ。人口は1500人程度。ザンスカールは基本的にチベット仏教徒の地域なのだが、パドゥムだけにはムスリムも多くモスクもある。手元に旅行人刊 『チベット』(2006年第4版1刷)、同じく 『ラダック』(2001年初版2006年2刷)という2冊のガイドブックがあるのだが、ザンスカールに関してはおそらくこれら以外に日本語で書かれたまともなガイドブックは無い。だがこれらにはザンスカール内での公共交通機関は記されていない。無いとされている。そう、ほんの数年前まではカルギルからのバス以外にはエンジンの付いた公共移動手段は無かったのだ。ところがここ数年、この付近の事情は大きく変わっているようだ。
 パドゥムを中心に、ミニ・バスがザンスカールの村々を1日1往復繋いでいる。東はザンスカール川右岸を通ってザンラまで、西は未確認だが盆地北辺のカルシャを経由してスー川左岸をトゥンリ辺りまで行っているらしい。朝がパドゥムへの登り、同じバスが夕方それぞれに下って行く。
                                     パドゥムの村も情報から受ける印象とは大きく変わっていた。
新市街の中心(祭りのため何時になく賑わっている)   南の山際のツァラプ川沿いに聳える岩山にパドゥム・ゴンパが
b0049671_10562470.jpgある。嘗てはここに王宮もあったのだそうが、今は瓦礫と化している。元々の村はこのゴンパの下にひっそりと広がっていた。ガイドブックもこの辺りを中心としているし、バス停の印もここに付いている。だが今、この旧市街の民家はまるで打ち捨てられた廃墟のようだ。もちろん人々は住んではいるのだが、あまりにも痛みが酷いように見える。
 ここから真っ直ぐ北に600m、現在の町の中心は完全に新市街に移っていた。カルギルへのバスもザンスカール内のミニ・バスも、この新市街が発着となる。ただ、新市街とはいってもほんの小さなな町で、北東のカルシャやザンラ方面からの道とカルギルなど北西方面への道が旧市街からの道と交差する三叉路に過ぎない。このうち2本の道は三叉路からほんの50mも行け
                                   ば建物は無くなってしまう。旧市街への道だけはもう少し民家や商店が続いてはいるが、それでも100m程度だ。正直に言えば、町として暇を潰せるような町ではない。
 だが今やそんな村でしかない町は夏の2ヶ月間、外国人旅行者で埋め尽くされる。それでも嘗てはトレッキングして辿り付いたり不定期のバスやトラックのヒッチで入って来た旅行者が殆どだったのだろうが、今では欧米の旅行者がレーでチャーターしたジープで大量に流入している。実は現在、ザンスカール川を下ってインダス川に出る自動車道路が建設されつつある。数年後に完成すればレーからジープで5時間程度でパドゥムに至ることになるようだ。そうなれば事情は益々大きく変化することだろう。もし周辺の村への基点としてばかりでなくこの村自体に長居する、或いはこの村だけに宿泊するのなら、新市街ではなくオールド・ビレッジに宿を取って住民との交流に重きを置く方が正解かもしれない。勿論ザンスカールの他の村々の事情はこれとは異なる。バスの通る場所でも夕方に1本あるだけだし、そのうえどちらの方向も対岸には歩かなければならないが、そこには未だに商店も無いような素朴な村の佇まいが残されている。

旧市街の少女                                                 トゥンリ付近の老婦人
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 回りは白嶺に囲まれ、村外れのゴンパからは遠くカルシャの村まで盆地の全容を見渡すことができる。村を外れ盆地の中央方向に向かって歩けば、畑仕事をする素朴な人々の暮らしや、夕暮れに水を運ぶ子供達と出会うことになるだろう。ただ、確認しただけでも既にザンラまでは夜の時間帯には電気が通じている。既に幾許か遅いのかもしれないし発展は旅情とは別の問題なのだが、パドゥムは兎も角、このザンスカールの村々が長く今の姿を留めて欲しいものだと思わずにいられない。
 尚、本文中にリンクした紀行に詳しく書いた通り、トレッキング中に足を骨折してしまったので実はザンスカールの村々をあまり多くは歩き回ることが出来なかったのだ。また、下の写真の谷を進めば8日ほどでラホール地区のダルチャに至るのだが、このコースは僕にとっておそらく永遠の未踏になるだろう。

* ザンスカールの民族衣装とパドゥムでのザンスカール祭りの模様はこちら

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                                     ツァラプ川(パドゥム・ゴンパの丘から南の谷を眺める)
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by meiguanxi | 2007-09-05 11:00 | ヒマラヤ・チベット
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