パルミラ遺跡 (シリア): 砂に消えた悲劇の貴婦人
[ 中東主要部略地図 ]
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                                                           記念門(凱旋門)

b0049671_10563011.jpg 緑豊かなユーフラテス川を離れ、デリゾールから西南西に、道は土漠へと入って行く。デリゾールから2時間、それは荒涼とした土漠の中に唐突に姿を現す。古来、この地はダドモルと呼ばれ、交易で栄えてきた。ダドモルもパルミラも、それぞれ古代セム語とギリシャ語のナツメヤシに由来する。その名が示す通り、豊かなオアシスであり、水とともに塩原にも恵まれていた。
 だがパルミラが本格的に繁栄するのは紀元前1世紀。当時、西のローマ帝国と東のパルティア王国(ペルシャ)との勢力が拮抗する中で、緩衝地帯としての特権を得、両大帝国からの巨額の関税で栄華を誇ることになる。
 紀元270年、暗殺されたオダイナトス王の幼少の後継者に代わって、その母セノビアが摂生を執る。伝承によれば、彼女は自らクレオパトラの子孫を名乗る程の美貌を備えていたという。この時代、ユーフラテス川(現イラク)からナイル川(エジプト)までをその領土として誇った。
 だが、野望が彼女を悲劇へと導く。ローマ征服を画策したパルミラに、272年、ローマ皇帝アウレリアヌスが兵を向ける。ゼノビアは処刑され、交易都市としての機能を失ったこの都市国家は歴史の表舞台から姿を消す。オスマン帝国の時代には都市としての機能も失われ、嘗て栄華を誇った街はやがて砂の中に埋もれていった。

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                                                             パルミラ全景

 現在のダドモル(パルミラ)の町は人口3万程度の小さな田舎町に過ぎない。町に隣接する遺跡群は最大幅1km近く、長さ2kmにも及ぶ。しかし首都ダマスカスから230km、バスでも3時間の距離だ。時折やって来る観光客達は慌しく見学を終え、大型バスで去って行く。

アラブ城遠景                                                           四面門
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ペル神殿                                                          ゼノビア宮殿
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 一面、赤い土漠。容赦なく照り付ける陽射しを避ける物は何も無い。誰もいない広大な遺跡、乾燥した風が吹き抜ける音だけが耳に鳴り渡る。乾燥は体内の水分を激しく奪っていく。暑さと光に少し朦朧とした意識の中で、古代の人々のざわめき、石畳を駆け抜ける馬車の響き、物売りの威勢の掛け声…そんなものが聞こえてきそうな錯覚に陥る。夕暮れ時、荒野に真っ赤な太陽が沈んでいく。その手前には古代の列柱や門、神殿がシルエットになって浮かび上がる。古の都に古い夢の欠片たちが蘇る時間だ。

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                                                             パルミラ夕景
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by meiguanxi | 2007-10-13 11:13 | 中東・北アフリカ | Comments(0)
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