アンマン (ヨルダン): シリアからヨルダンへ国境越え
[ 中東主要部略地図 ]
b0049671_19395087.jpg
                                                     ローマ劇場とアンマンの街

 シリアの首都ダマスカスからヨルダンへのチケットを、国営のカルナック・バスが売ってくれない。バスは確かに走っているのだ。実は日本赤軍絡みの問題で、シリアから陸路の日本人旅行者をヨルダンのイミグレーションが通さないことが良くある為らしい。途中で聞いた情報では、問題無く通れるようになったという話だったのだが、こういう問題は実際に現地に足を運ばないと分からないこともある。
                                     いや、これは1992年に於ける旅行事情で、現在は変わって
ローマ劇場前の列柱街路                   いるのかもしれない。少なくとも1992年当時、地中海東岸域の
b0049671_19411276.jpg国境事情は非常に厄介だった。具体的にはトルコ・シリア・ヨルダン・イスラエル・エジプトといったルートだ(この当時、前年の湾岸戦争によって、イラクへの渡航は既に難しくなっていた)。
 事態を難しくしていたのは勿論イスラエルへの入国を巡る事情だ。パスポートにイスラエルの入国印(或いは入国を示す形跡)がある場合、エジプト以外のアラブ諸国には入国できなかった。ただし不思議なことにヨルダンからイスラエル入国することはできた。ヨルダンとイスラエルが戦争状態終結宣言を交わした1994年の2年前のことだ。首都アンマンからヨルダン川に架かるアレンビー橋を渡ってウエスト・バンク(ヨルダン川西岸地域)へ入域するという建前だ。この地域への入域にはヨルダン政府の許可証を取得する必要があった。パレスチナ暫定自治政府が出来る何年も前の話で、イスラエル占領地域であるから実質的には出国であるわけだが、ヨルダン側では出国印を押さない。一方、イスラエル側のイミグレーションでは入国印を入国カードに押す。従ってここを往復する限りは、イスラエル入国の形跡はパスポートに残らないという仕組みだ。
 例えばエジプトから北上する場合、直接国境を接しているイスラエルに入国してしまうと、その後は何処にも進めなくなってしまう。この場合、シナイ半島(エジプト)のヌエバから船でヨルダンのアカバに向かうことになう。イスラエルへはアレンビー橋を往復するしかない。
 逆にトルコから南下する場合には、アレンビー橋からイスラエルに入り、陸路でエジプトに抜けることは出来る。勿論、その先は海路か空路になるのだが。ただしこのコースの場合に問題だったのが、シリアからヨルダンへの入国だった。情報では越えられるか否かはその時のイミグレ・オフィサーの気分次第という、頼りないものだった。

キング・フセイン・モスク(旧市街)                         キング・アブドゥラ・モスクと教会(新市街)
b0049671_19421437.jpgb0049671_19425281.jpg


 さて、とにかく僕の場合、シリアの国営バスであるカルナックはヨルダンへのチケットを売ってくれなかったのだ。仕方なくバスターミナルの私営のオフィスへ行ってみる。明日の朝5時に来ればアレッポからのバスが通ると告げられる。ただしリザーブは出来ない。
 「何故、カルナックはチケットを売らない?」と髭を蓄えたオフィスの男は言った。
 僕、「日本赤軍を知ってるか?」
 彼、「Oh、ファンタスティック!お前は好きか?」
 「…難しい問題だね」
 「何故?何も難しくない。殆どのアラブの政府はアメリカ政府とCIAに、犬コロみたいに尻尾を振ってやがる」
 まあ、彼の言い分も分からなくはない。だが、僕としてはパレスチナ問題では一貫してパレスチナの側に立ってはいたが、だからといって重信房子や岡本公三を支持するわけにもいかない。僕は日本赤軍とカルナックがチケットを売ってくれないこととの関係を簡単に説明した。
 髭の男は言った。「ヨルダンからイスラエルに行くのか?」
 シリアにとってイスラエルは天敵だ。ゴラン高原をイスラエルに占領されているという事実もある。厄介な話題だな、正直に言えば僕はそう思った。
 「まあね…」
 「日本人はみんなイスラエルに行く。お前はイスラエルやアメリカが好きなのか?」
 「…いや…イスラエルやアメリカの政府は嫌いだ。アメリカに尻尾を振っている日本の政府も嫌いだ」
 「なら何故、イスラエルへ…?」
 「ヨルダンからエジプトに陸路で行きたいんだ。オリエントの歴史やこの辺りの文化にとても興味があるし、尊敬している。だからどうしても陸路で全てを歩きたい。その為にはイスラエルを通らなければならない。それに、あそこにはエルサレムがある。エルサレムは、あなた達にとっても大切な場所だろ?見ておきたいんだ」
 男は遠くを見詰めながら、なるほどというように大きく頷いた。少しばかり歯が浮く思いもあったが、あながち嘘でもない。こういう場合には、立派な回答だ。ただ、男の視線の先に写っていたものが、彼が立ち入ることのできないイスラエルに占領されたパレスチナやゴラン高原の風景なのか、それとも度重なる戦争で死んでいった彼の知っていた筈の人達の顔なのか、それは分からなかった。

エル・カサル(アンマン城址)                                           エル・カサルにて
b0049671_19434392.jpgb0049671_19441445.jpg


 翌日、ほんの仮眠だけで3時45分に起きる。驚いたことに、前日その話をしていたからだろう、ホテルの人が4時に起こしに来てくれた。勿論、立派なホテルではなく、置屋を兼ねているようなただの安宿だったのだが。
 しかし、結局バスは来なかった。アレッポからのバスは既に満員だったのだろう。すると例の髭の男は、バスターミナル横のやたらと広い乗り合いタクシー広場を歩き回り、1台のタクシーを捜して来てくれた。自分で探して交渉するとしたら大変な労力を必要としたことだろう。
 「このタクシーがアンマンに行く」と男は言った。
 既に子供1人を含む4人が乗っていた。料金を聞くと悪くない。情報を得ていた相場だ。
 「Good luck!」と男は親指を立てた。彼は手数料さえ取らなかったのだ。

b0049671_2237964.jpg
                                                夕刻のラマダン明けを待つ食堂前
[PR]
by meiguanxi | 2007-10-21 19:46 | 中東・北アフリカ
<< チョモルンマ・ベースキャンプと... ダマスカス (シリア) : ア... >>