チョモルンマ・ベースキャンプとロンブク寺 (チベット)
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                                                   ロンブク寺からのチョモルンマ

B.C.への道、パン・ラ(峠:5210m)の登りから
b0049671_19583257.jpg この山を何と呼ぶかはちょっとした問題だ。世界的には英名のエヴェレストが通りが良いのかもしれないし、ネパール政府はサガルマータとしている。英名はインドを植民地にしていた時代のイギリス人測量師の名前であるし、ネパール名は古来使われてきたものであるかどうか疑わしく、少しく政治的な思惑が感じられる。少なくともこの山を見ることのできる地域の人々(チベット系民族)はチョモルンマと呼んできた。日本では1980年頃を境にエヴェレスト(エベレスト)とともにチョモ「ラ」ンマが用いられるようになった。しかしこのチョモランマはチベット名であるチョモルンマを中国語に音訳した珠穆朗瑪(Zhumulangma)の日本語への音訳であり、現地名とは少し異なる。例えば富士山を世界の人々が fushi と中国発音で呼ぶとするなら、ちょっと気持ちの良いものではない。ただしチベットに於ける地名の発音は隣の谷では違ってしまうようなもので、必ずしも一定ではない。またチベット名のチョモルンマは8848mのあのピークだけを指すのではなく、ローツェやヌプツェ、チャンツェなど周辺のピークを含めた山塊(参照)を指すものだという話もある。ではあるが、例えばローツェは南岳、チャンツェは北岳という意味であるので、チベット人達はそれらを含めた山塊を全体でひとつの山と見ていたということであり、従ってその最高にして中央であるピークを指してはやはりチョモルンマと呼ぶのであろう。ここでは英名のエヴェレストとともに中国名であるチョモランマを廃し、チョモルンマで呼ぶことにする。

 さて、チョモルンマ登頂のためのベースキャンプは一般的な場所で2ヶ所ある。ネパール側では北西稜南のクーンブ氷河上(参照)、チベット側では北壁からのロンブク氷河舌端だ。このうちネパール側には何日間かのトレッキングを経なければ行くことができないが、チベット側ベースキャンプへは自動車で行くことができる。僕の場合、チベットの首都(区都ではなく敢えてこう呼ぶ)ラサの宿に溜まっていた欧州人3人と日本人2人とともに6人で四輪駆動車をチャーターしてネパールとの国境を目指した。途中、ヤムドゥク・ツォシガツェ、サキャ、ギャンツェといった町や村を経由して、ロンブク寺に着いたのは4日目だった。
                                    ロンブク寺はベースキャンプの手前6・7km、標高5000mに建
ロンブク寺                            てられたニンマ派のチベット僧院で、文化大革命の時に破壊さ
b0049671_19593654.jpgれたが、その後、修復された。とはいえ、僕が訪れた時には痛みが激しく、廃墟に近い感じさえした。この寺に石積みの宿泊施設が併設されてる。木の扉は隙間から外が見えるような代物で、ブリキ製のストーブが置いてある。ここではそれにくべる薪は貴重品だ。ベッドも石を積んだもので、土でドロドロになった毛布を貸してくれる。食事は出ないので、もし暖かい物が食べたければこのストーブで持参した食材を調理することになる。缶詰を温めるとか湯を湧かすとか、そういうことだ。
 僕にとって5000mを越す場所に立つのはこの旅が始めてだった。おそらく4000mを越えたのも初めてだったのだと思う。ただロンブクに至るまでには、青海省からのバスを含めて何ヶ所か
                                   の5000mを越える峠を通って来ていた。しかもラサ(標高3650m)には2週間も滞在し、ここまでの道々の村や町も4000mを越えていたのでそれなりに高所適応している筈だった。だが5000mというのは全く別の世界であるということを思い知らされたものだ。もちろん寺の宿泊所に水道などというものは無い。水は数十メートル離れた自然の水場まで汲みに行くことになる。水を入れた鍋を持って、この僅か数十メートルが歩き切れないのだ。たった一度の水運びで息を切らせてしまった僕は、その夜、ずっと頭痛に悩まされたのだった。
 到着したその午後、ロンブク谷は霧に包まれ全く見通しが利かなかった。翌早朝、気温氷点下10℃、漸く色が薄くなり始めた空には一片の雲も無い。チャンツェからの稜線とギャチュン・カンからの稜線に挟まれた狭い谷の奥に、チョモルンマの巨大な北壁が聳えている。それは神々しく圧倒的な威容だ。

B.C.からのロンブク氷河とチョモルンマ                           朝のチョモルンマ(ロンブクから)
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 僕がこのベースキャンプを訪れたのは1993年のことだった。その後、2005年には青海省ゴルムドからラサまでの鉄道が開通し、翌年7月からは旅客運行が開始された。それに伴い多くの中国資本と漢族、中国文化が怒濤のように中央チベットに流れ込んでいるようだ。このベースキャンプもロンブク寺周辺も、やがて大きく変わっていくのかもしれない。いや、既に珠峰観景台賓館というホテルが建っているらしい。山にゴミを散らかしたり自然を汚したりすることに掛けては日本人も秀逸だが、中国人が大挙して訪れるようになるのかと思うと少々暗い気分になるのは、あながち偏見とばかりは言えないだろう。
 ところで、2008年の北京オリンピックで聖火リレーがチョモルンマを登頂することになっている。その為にベースキャンプまでの道を舗装工事するのだそうだ。そもそもチベットは中国によって占領支配されいる土地である。占領地の最も象徴的な場所のひとつであり、被占領民の信仰の対象ともなっている山に、占領国のオリンピックの為に紛い成りにも平和の象徴でもある聖火が運ばれるなどという暴挙を、世界はただ看過するに任せて果たして良いものなのだろうか。余談だが、登頂という思考をチベット人達は持たないといったような意味のことをダライ・ラマ14世が語っていたのを思い出す。

2008.5.10 追記
5月8日、日本時間正午前、世界の懸念の声にも拘わらず遂にオリンピック・トーチはエヴェレスト山頂に運ばれた。チベットの人達にとっては陵辱されるにも等しい想いだろうと想像すると、胸が痛い。


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                                             ロンブク寺付属の宿泊所(最奥が著者)
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by meiguanxi | 2007-10-24 20:04 | ヒマラヤ・チベット | Comments(4)
Commented by はぶ at 2007-10-24 21:02 x
五輪聖火やロンボクの道路など観光開発に関しては、血迷って嵐になりそうなのでコメント自制しますが、私のブログは没さんの論文いつでも待ってます。
ところで、チベタンに登頂の思考云々は、もしや、あの偉大なチベット本の215ページですか?
Commented by meiguanxi at 2007-10-24 22:45
はい、あの偉大なご本です。さすが登場人物! あれ?端役でしたっけ^^A;
今回は文章をちゃんと引用した訳ではないし、度々あの方の本をここで紹介しても印税はちっとも僕には入って来ないので、今回は伏せてみたんですが^^
ところで はぶさんはお見受けしたところ僕よりずっと熱いのに、心優しい(だけではすまないんだろうけど)お仕事をこなしてらっしゃる。多分、僕より心のコントロールをちゃんとできる人なんですね。例えば呑んでて、「お祭りなんだから聖火がエヴェレストに登ったら盛り上がるじゃん!」とか言われようものなら、ビール3本以上呑んでる状態で冷静を保てる自信がありませんw
Commented by はぶ at 2007-10-25 19:45 x
世界一登場回数の少ない主役として裏ギネス本に登録されているグレートはぶですが、何か言いました?
あの、私は酒飲んで仕事しませんから。てか、爺婆はオモシロイし、寧ろ心が癒されます。それに、呑んでる横で「盛り上がるじゃん!」なんて言われたら私も黙ってられません。
Commented by meiguanxi at 2007-10-26 00:47
ははは^^ そうだったんですか。今度読み直して見ます。主役、見つかるかなぁ~?
きっと世間の多くの人が「盛り上がるじゃん」じゃ怒りを感じないんだと思います。その意味ではブッシュだろうとプーチンだろうと、チベットのことを世界に思い出させてくれたということに関しては、思惑はどうあれ有難いことなのかもしれないです。ただ、嫌中漢等が盛り上がちゃうとしたら憂鬱ですけどね 。
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