カルシャ・グストル (ザンスカール):ヒマラヤ秘境の仮面舞踏
[ カシミール・ラダック略地図 ]
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 ヒマラヤの山々に抱かれたインド西北部、チベット仏教文化圏であるラダック地方から更に隔絶されたザンスカール地方。チベット仏教僧院カルシャ・ゴンパは岩山にへばりつくように沢山の伽藍が上へ上へと建てられている。岩山の麓の村の標高が3630m、ゴンパ最上部は3800mもある。延々と続く九十九折の坂道を登折り返し折り返し、最上部までは20分ほど掛かる。
 チベット暦5月28・29日(西洋暦7月)、カルシャ・ゴンパではグストルという祭りが開かれる。グストルとは九日施食の意味で、祭りは9の付く日が最終日となるように行われる施餓鬼供養で、これはチベット仏教各宗派の中でもゲルク派に特有のもの。1週間続く法要の最後の2日間に、チャム(仮面舞踏)が行われる。


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 2007年のチャムは本来、西洋暦で7月11・12日だったのだが、ラダックで高僧が亡くなった関係とかで1日順延になった。ゴンパ最上部にドゥカン・ヨクマとドゥカン・ゴンマという2つのお堂がある。ツェチュはこのドゥカン・ヨクマの中庭で行われる。僕はこの時、ラダックからのトレッキング途中で右足外踝を骨折していた(紀行)。怪我から5日後、漸く辿り着いたザンスカールで唯一の一応 “町” と呼べなくもないパドゥムの病院には X-ray は無く、医師は捻挫だと診断した。その2日後の7月12日昼、腫上がった足を引き摺りながら急勾配をゆっくりと登る。
 その場所は以外にも狭く、ラダックのヘミス・ツェチュの舞台とは随分とちがう。しかもドゥカン・ヨクマの中庭には数人の西洋人が所在無げにしているだけだ。ヘミス・ツェチュの時には何時間も前から場所取りの観光客でごった返していたのだが。前日から何人かの僧侶に開始時間を聞いているのだが、12時半だと言う人もいれば14時だと言う人もいて、どうもはっきしない。これから有名な祭りが始まるのだといった緊張感が全く無い。だが仮面を付けた2人の男が真鍮製の水差しから掌に液体を配っている。舐めてみると甘い。清めかなにかなのだろうか。やはりここでチャムが行われるのだ。


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 やがて三々五々観客たちが集まって来る。そしていつの間にか会場は一睡の余地も無いほどの人々で埋め尽くされた。殆どはザンスカールの人々で、外国人観光客はお互いに顔見知りになるほどしかいない。仮面を付けた小坊主たちが2本の棒を持って観客たちの間をまわって歩く。棒の先が紐で繋がっていて、これで観客を捕らえてお布施を強要する。茶化してお菓子などを渡してみると、怒って近くに座っていた子供に投げ付けるようにして行ってしまう。しつこくはあるがユーモラスでもある存在だ。
 ドゥカン・ヨクマの入り口に沢山の僧侶たちが集まって来る。いよいよ準備は整った。楽士の僧侶たちが所定の位置に付き、厳かな音が奏でられる。中でもギャリン(チベット・チャルメラ)とスイルニェン(シンバル)、そしてなんと言っても4m位はありそうなドゥンチェン(チベット・ホルン)の重い音が印象的だ。ヴォーン、ヴォッ、ヴォッと単調な調べに、時折スイルニェンの銅鑼が響く。腹の底を突き上げられるような音。


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 ドゥカン・ヨクマの中庭から狭い階段がドゥカン・ゴンマに登っていて、これが花道になる。まずハシャン(和尚)とハトゥク(子供達)が登場する。彼らは2日間を通して舞台隅に座って儀式を見守るのだ。そして様々な忿怒護法尊、墓場の主である骸骨装束のチティパティ、黒帽の行者ンガッパなどがそれぞれの舞踏を奉納する。カルシャ・グストルではこのンガッパの役割がヘミス・ツェチュに比べて遥かに大きいように感じる。
 運良く花道である階段脇に陣取った観客の夫人たちは、登退場する舞踏演者である僧侶たちに深々と頭を下げ、下げた頭を舞踏衣装の裾に擦り付けようとする。信心の深さの表れでもあり、功徳を願う想いの強さでもあるのだろう。


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 2日目のチャムはヤク、馬、山羊、犬、4匹の黒い動物たちが舞台に登場させられ、祝福を与えられて始まる。前日と同じような舞踏が疲労された後、ツァンパ(チベット系民族の主食であるチンコー麦の麦焦がし)で作ったダオという人形が舞台に置かれる。クライマックスだ。そこに登場するはシャワという鹿面。シャワはダオを切り刻み破壊し、その破片を中庭の外、つまり断崖に放り出す。煩悩や悪霊を払う儀式だ。そして全ての忿怒護法尊とンガッパによる舞をもってチャムは終わる。
 終わっても尚、身体の中にはドゥチェンの重い音と単調だが魂を揺さぶるような調べが流れているかもようだ。祭りが終わり、僧侶たちは日常に戻る。ドゥカン・ゴンマ奥の独立した小さなお堂ゴンカンでは今日も僧侶たちの読経が始まる。僕は配られた塩辛いバター茶を啜りながら、その調べに身を任せる。ザンスカールの短い夏の、特別な一日が終わる。

※ 別サイトでフォト・アルバムにしましたので、合わせてご覧頂けると幸いです。

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by meiguanxi | 2007-11-30 19:07 | ヒマラヤ・チベット
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