シガツェ(チベット): 侵略政府の許可を必要とされた転生
[ チベット周辺略地図 ]
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                                                   タルシンポ・ゴンパ(同下1枚)

 2007年、中国がチベット仏教に於ける活仏の転生を政府の許可制にしたという話をご存知だろうか。

                                    中央チベット第二の町であるシガツェはゲルク派の名刹タシル
b0049671_16284699.jpgンポ・ゴンパを中心にした町だ。このチベット仏教僧院の座主をパンチェン・ラマという。ゲルク派ではダライ・ラマに次ぐ高僧で、観世音菩薩の化身であるダライ・ラマに対して、阿彌陀如来の化身とされる。
 ご存知の通りチベット仏教の高僧は転生するとされる。六道を輪廻転生する苦しみからの解脱を目指す教えが仏教である訳だが、大乗仏教は衆生(生きとし生けるもの全て)をこの苦しみの輪から救おうとするものだ。チベット仏教で高僧は本来なら解脱し得る悟りを開いた者であるのだが、未だ救われない衆生を導き救うために敢えて転生するという訳だ。つまりは菩薩や如来と似た存在だ。
 その死後49日目に新たに受胎されるとされているが、ダライ・ラマやパンチェン・ラマの場合にはその生まれ変わりが5歳程になった頃に捜索されることになる。決して世襲ではなく、その間その地位は空位になる。捜索はダライ・ラマが亡くなった時にはパンチェン・ラマが、パンチェン・ラマが亡くなった時にはダライ・ラマがその責を負い基本的には伝統的な占いをもってなされる。
 従って彼らは交互に師弟でもあるのだが、その関係は必ずしも常に良好であったばかりではない。取り分けて近代以後、チベット支配を目論むイギリスや清朝・中華民国によってチベット勢力分断の為に利用され翻弄されることになる。現代に入ってチベットが中華人民共和国に侵略され1959年に現在のダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォがインドのダラムサラに亡命した後も、当初中国に協力的な立場をとったパンチェン・ラマ10世チューキ・ギャルツェンはチベットに残った。だがやがてチベット政策を巡って北京政府と対立し失脚、文化大革命の時代には10年近く投獄されることになる。78年に漸く釈放されだが、チベットへは稀な訪問しか許されなかった。その後、中国による支配と不自由な条件にも拘らずチベット復興に尽力したパンチェン・ラマ10世だったが、89年1月、久々のシガツェ訪問中に死去した。
 先に述べたように本来、パンチェン・ラマの転生を探すのはダライ・ラマの責だが、中国政府は傀儡とすべくこの捜索を開始する。だがこの任を負ったタシルンポ寺のリンポチェから捜索情報を得ていたダライ・ラマ14世は中国政府より早く95年5月、内地(現チベット自治区)に住んでいた当時6歳のゲンドゥン・チューキ・ニマという少年をパンチェン・ラマ11世と認定する。しかし中国政府は「外部からの干渉は無用」だとしてこの決定を退け、独自にギェンツェン・ノルブという少年を11世として即位させる。そしてダライ・ラマが認定した少年は、家族と共に中国政府によって軟禁される。人権上も大問題だが現在に至るまでその消息は明らかにされていない。


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                                                         シガツェ城址と市街

 中国政府認定のパンチェン・ラマの誕生は、14世死後のダライ・ラマが中国政府傀儡に成ることを意味する。更に冒頭述べた通り2007年、中国政府は 「蔵伝仏教活仏転生管理弁法」 なる法律を発布し、チベット仏教に於ける活仏の転生には政府の承認を必要とするとした。「外部からの干渉」とはいったい何であるのか。僕は宗教者ではないし輪廻転生思想を持つ者ではない。むしろ宗教には否定的な立場の人間だ。だがそれはチベットならチベットで、彼ら自身が決めていくべきことの筈だ。そもそも政府が関与する転生とは何物であるのか。悪い冗談としか思えない。いや、しかし勿論これは冗談などではなく、中国政府がチベット文化を実質的に抹殺することでチベット人を完全に支配しチベットを略奪する為の現実的政策なのだ。
 どうもチベットについて書く時、反中派と似たような文章に成ってしまうことが憂鬱だ。下らないナショナリズムや蔑視で中国に敵対感情を持つべきでないのは言うまでもない。嘗てこの国がかの国に行なった侵略の歴史は正しく胸に刻み後の世代に伝えるべき教訓でもある。だが、そのことと中国政府によるチベットその他周辺民族への侵略と支配とに目を背けることとは別の問題だ。
 いまだにゴンパ(僧院)や僧侶を迫害し仏塔を破壊し、国境を越えて亡命しようとするチベット人を銃殺する一方で、中国政府はポタラ宮などを観光資源として修復・整備している。実際に観光でしかない旅人の身で言うのも口幅ったくもあるが、このタシルンポ・ゴンパもまた、政府に逆らわない限りでの観光施設や伝統芸能的な存在にますます成っていってしまうのだろうか。

 (パンチェン・ラマ問題についてより詳しくはこちらのH.P.をご覧下さい。ダライ・ラマ法王日本代表部事務所


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                                                   シガツェからサキャへの車窓
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by meiguanxi | 2008-01-06 16:52 | ヒマラヤ・チベット | Comments(27)
Commented by lunta at 2008-01-07 23:55 x
チベット方面を旅していると、中国政府のやろうとしていることがいやでも目や耳に入ります。あの巨大な国を一つにまとめ、さらに資源を確保するのがいかに大変かと言うのはわかりますが、漢族以外の民族や文化を消滅させる権利があるわけはありません。
昨年は「ダライ・ラマとパンチェン・ラマ」という、イギリス人ジャーナリストの書いた本を読みました。
チベットの将来はチベット人に決めてもらいたいと切に願います。
Commented by はぶ at 2008-01-08 00:57 x
不勉強を承知で、私は、ダライラマ14世もパンチェンラマ10世もチベットを思う気持ちに変わりはなく、ただ選択が異なっただけだと解釈しています。もしパンチェンラマまで亡命していたら、チベットは比較にならない位とんでもない状況に陥っていたと思います。本当に、何とかならんもんでしょうか!(他にコトバが見つかりません)
ところで、
下から二つ目の段落にある没さんの憂鬱は、チベットの現状を本気で憂いている人たち皆の憂鬱でもあると思います。ま、中には本当に中国嫌いもいるでしょうから「皆」は書きすぎかな?
そう言えば、以前他の方が親切に紹介されたリンク先を私は皮肉って荒らしてしまったことがありますが、大人気なくてスイマセンでした。まだ謝ってませんでしたね。今思い返すと、没さんは大人やな〜と思います。やはり私はカイラスでき耐え直さないといけませんねv(^-^)v

Commented by meiguanxi at 2008-01-08 20:26
lunta さん、本当はここまで政治一色な記事を書きたかった訳ではないのですが…「ルンタ」なんていう素敵なHNを付けてられるような方には今更な内容なのですが、シガツェをUPするにはどうしても書かない訳にはいかなくて。そうですね、僕も1990年に始めて中国に行った時には、この広大な国を飢えさせずに(過去には大躍進政策というとんでもない失敗もあったにしろ)やっているだけでも凄いことだって思いました。でも、チベットはあくまでチベットであって漢族の土地ではないですからね。lunta さんも書いていらしたように、今、中国と中国資本が好き勝手にチベットとチベット人とを略奪・搾取している訳ですが、それに対して世界が沈黙しているという現状がやり切れません。せめて本当にエコ・ツアーやフェア・トレードならぬフェア・ツアーのようなものができないものでしょうか。
Commented by meiguanxi at 2008-01-08 20:46
はぶさん、僕もそう思います。語弊を恐れずに言えば、パンチェン・ラマの立場からは亡命してしまったダライ・ラマが無責任に見える局面だってあったかもしれません。或いはパンチェン・ラマがダライ・ラマの対抗勢力であるかのように仕立てられたことで、紛いなりにもチベット仏教が完膚無きまでに殲滅させられることを逃れたとも言えるのかもしれません。その後、文革で滅茶苦茶にされましたけど…
それと、マクロードガンジが今のような倫理的な立場を獲得しえたのも、亡命を強いられたという現実の上にあるのかもしれませんし。
ええと、はぶさんは荒らしてませんよ^^ 彼は以前からのネット上での知り合いなので問題ないです。最近、見かけないですがきっとたまには覗いていてくれるかなと思ってます。
で、えっと、やっぱりカンリンポチェをコルラしに行くっていう自慢かえぇ~!_| ̄|○ ちくしょー!w
Commented by navi-area26-10 at 2008-01-16 00:16 x
この方法なら宗教に反対なmeiguanxiさんでも受け付けられるのではないでしょうか?どちらにしても中国のやっていることを正当化することは、ネトウヨ以外でも難しい気がします。
Commented by meiguanxi at 2008-01-16 00:40
navi-area26-10 さんでいいのでしょうか? ええと、リンク先のスクラップ記事を読むのに少し時間を下さい。 ただ、僕は確かに宗教には「否定的」な立場ですが、亡命政府の立場は非常に倫理的なものだと思っています。それについては別の記事で書いたので触れませんでしたが、その点について誤解があったなら僕の文章が稚拙な為です。また僕は左方向の人間ですが中国がチベットその他周辺民族に対してやっていることは非難されるべきことだと思っていて、正当化できる勢力など無いのではないでしょうか。ただ、9.11以後この国で流行っている「国益」なる印籠の下に、右も左も声を出さないのでしょうね
Commented by navi-area26-10 at 2008-01-16 09:21 x
ああ、すみません。なんとなく勢いで書いてしまいましたが、meiguanxiさんの今までの立場とかちゃんと読んでのコメントではないので、こんな情報もありますよ、程度だと思って下さって結構です(それでも何かレスがあればうれしいですが)。では、失礼します。
Commented by navi-area26-10 at 2008-01-16 21:02 x
また失礼します。午前中は会社からだったので、手短に書きましたが、僕はどちらかと言えば保守なのですが、自分が保守であるためには他人も保守であることを認めあわなければいけないかなと思っています。
ただ、僕の周りにも色々な人がいるのですが、多分その中で僕が一番世界平和を望んでいると思います。まぁ自分が生きてるうちにそれが手に入るとは思っていませんが。
ですから、今は戦争、紛争は確実に存在する現実で、どうそれらとうまく付き合っていくかということを念頭においています。
具体的には未来のことを予想するのはやめて、そのかわりあらゆる情報を集め(変わったソフトを使ってWEB公開の新聞記事を2003年夏から70万件ほどあつめています)、何があってもそれまでそれについてどんな報道が、なされていたかを調べられるようにと心がけています。
あとは http://d.hatena.ne.jp/navi-area26-10/20080112/1200161448
の下の方に書いた社会システム論的な(もしかしたら間違ってるかもしれませんが)考え方に興味があります。
ただ、実際に現地に行ったという情報はもっていないので、もしmeiguanxiさんがよければ、情報いただけるとうれしいです。
Commented by meiguanxi at 2008-01-16 21:36
navi-area26-10 さん、直ぐ上のコメントへのレスは後にしますね。
まず僕は「宗教には否定的な立場」ですが、それは各国・各地域の宗教とその信者たちの祈りとを否定するものではないのです。仮に政治的、或いは人々の倫理的問題の殆どが解決した社会というようなものができたと仮定して、それでも人間の生には様々な問題が残るでしょう。それらを引き受けるものは哲学だったり文学だったり、或いは宗教だったりするのかもしれません。いずれにせよ各々の思想や宗教はそれが倫理的である限り、或いはそうであろうとする限りにおいて最大限尊重されてしかるべきだと考えています。それはローカリズムの問題も同じです。この場合、「倫理的」とは何んぞやという問いがあるでしょうが、それについては長くなるのでここでは勘弁してください。 (↓)
Commented by meiguanxi at 2008-01-16 21:37
さて紹介されていた記事の内容は既に何回か読んだものでした。忌憚無く言えば僕はダライ・ラマ後継の選定方法が伝統的転生者捜索によるのか現法王の指名によるのか、或いは民主的投票で決めるのかといったことには興味がありません。ただ、この問題はどうやっても政治情勢を反映したものにならざるを得ない。14世は否定していますが、記事で紹介されたような後継者選定方法の検討というのは明らかに中国による侵略・占領という状況が続いていること、中国政府傀儡のパンチェン・ラマが作られてしまったこと、中国政府による「転生の許可制」といった馬鹿げた干渉などと無縁ではない筈です。また14世はこのような状況からすれば後継者は自治区の外に生まれるだろうといった内容の発言もしていると思います。 (↓)
Commented by meiguanxi at 2008-01-16 21:37
本来、チベット仏教の信徒たち(即ちチベット人たち)が自らそれを望むのでない限り、文化としての仏教は伝統的であってしかるべきだと思います。勿論、時代によって考え方が変わったり改革がなされたりということもあるでしょうが、14世も言っているようにそれは彼ら自身が決めるべきことの筈です。「選定方法に興味が無い」といったのはその限りに於いてです。中国政府による傀儡のダライ・ラマというものが現実的危機として迫っているという状況、つまり外圧によって本来の姿が変容させられることに関しては深い憂鬱と強い怒りとを感じます。勿論、仕方の無い変更をしようとしている14世に対してではなく、強圧を持って支配を続ける中国政府に対しての怒りです。 (↓)
Commented by meiguanxi at 2008-01-16 21:38
長くなってしまいました。ところで14世はダライ・ラマという宗教指導者の立場を少なくと将来的には政治とは切り離そうとしているようです。これは長きに渡って政教ともに権力を握ってきた立場としては類稀に倫理的変換であるように見えます。一方でしかし、自治区やカム、アムドなどのチベット人たちにその倫理性が理解されるのには、中国による支配と略奪から解放されるよりもおそらく長い時間を必要とするのかもしれなせん。
(今日のコメントへのレスは後日でごめんなさい)
Commented by meiguanxi at 2008-01-17 19:10
navi-area26-10さん、さて困ったな、何をどう返事したものでしょう。リンクされたエントリーに収集された記事の多くが産経新聞によるものだと言ったところで建設的ではないし、テロ特に関する僕の意見を述べてもあまり面白くもないと思うのです。
社会システム論なるものについては全く埒外で僕の知識の及ぶところではないので、何か情報をと言われても困っちゃうんですね。また実際にチベットへ行ったということでその論への何がしかのインスピレーションが得られるというものでもないと思いますし。 (↓)
Commented by meiguanxi at 2008-01-17 19:11
ただ、ちょっと読んでみたところによると、「多様性」とは言いながらそれは「システム」内部の多様性に過ぎないように感じられます。参考文献として挙げられている文章で著者が正にエアコンを例に挙げている訳ですが、あくまで内部(自らが所属する「システム」)といわゆる外部(自己同一性で繋がれないもの)とを区別し、内部を守ることだけに頓着していると。外部の多様性に対応する為に「システム」(内部)も多様性を獲得しなければならないと述べられていて、それはあたかも外部との交渉を思わせますが、実はそのような外部というものは内部によって作られたものに過ぎない。いや、そのことは著者も述べていますね。それは結局のところ括弧付きの外部とでも呼ぶべきものではないでしょうか。自己の理解する限りでの外部。それは自己同一性の延長です。つまりそこにあるのは他者との対話ではなく、そのような交渉はモノローグに過ぎないのではないかということです。 (↓)
Commented by meiguanxi at 2008-01-17 19:11
そこにある多様性とは決して「アメーバー」(参考文献の著者が使っている言葉)のように増殖するものではなく (或いは、それを許すものではなく)、アプリオリな中心が想定されている。或いはその想定が隠蔽されている。リゾームのようなイメージで粉飾されてはいるものの、実はツリー構造なのではないかと。自らのコードから外れるものを決して許さない思考であるような気がします。付け加えるならば、実はそのような思考は借定された外部の多様性が内部に侵入することを妨げようとするだけではなく、内部の多様性をも管理してしまう筈です。不勉強な上に参考文献として挙げられたサイトをきっちり読む時間も無いので間違っていたらご免なさい。 (↓)
Commented by meiguanxi at 2008-01-17 19:13
ただ仮にそうだとすると、そこには自らのコードでは理解不能な他者が登場しない。従ってそういう他者とのアウフヘーベンという契機が決定的に欠如している。そこに登場するのは違いを止揚すべき他者ではなく、自己にとって危険でない限りに於いて無視するか、自己の利益になる限りで許容するか、或いは屈服従属させるか、またはやっつけるかの対象でしかないでしょう。だからこそ、そのような思想は確かにアメリカの保守勢力に拍手を持って受け入れられるのだろうなと思います。同時にそれは、チベット支配を続ける現在の中国政府をも大いに勇気付けるものかなと、僕にはそう思えました。
ご免なさい、正直、何を求められているのか良く分からなくて、素っ頓狂なレスをしちゃったかもしれません。
Commented by navi-area26-10 at 2008-01-18 00:03 x
どうも僕もわけの分からないことを書いてしまったようで、すみません。自分の方のはてなダイアリーを毎日更新すると決めているのですが、コピペばかりなのですが、これが結構時間がかかって、ゆっくり考えることがなかなか出来ません。
ダライ・ラマの話は、本人は独立を求めているわけではないとは言っていますが、中国がここまでやる以上、独立に限りなく近い自治が必要と言うことでしょうか。ダライ・ラマは自治を求めて中国政府に右手を差し出しているが、何も得られない。だから左手をあちこちに差し出していると言うようなことを言っていましたよね。
Commented by navi-area26-10 at 2008-01-18 00:03 x
次に行きますが、産経新聞ばかりといった所でなく下の方だけ読んでいただければ実は良かったのですが、こういう内容なら新聞社も事実以外は書きにくいと思っているのですが、どうでしょう?ちなみに朝日新聞もチェックはしましたが、特に何も書いてなかったんですよね。これはある意味議員の投票棄権より悪質な気がしてしまうのですが。
僕は理系から情報系に行った人間でして、実は社会システム論なんてとても理解できてないのですが、「自己の理解する限りでの外部」以外の外部と接したり、理解するのはとても難しいですよね。特に普通のサラリーマンやってる僕のような人間には。と思って自分の集められる情報をもってブログ界隈をこのようにウロウロしてるわけですが。
ところでアメーバーと言う言葉出てきましたっけ。すみません。自分から参考文献出しといて、どこだか分からないのです。教えていただけますか。
ただ自分のイメージでは、環境の方が主で、その中のシステムは環境に適応できなければ生き残れないものと言う感じなのですが、違いますでしょうか?僕のイメージでは多様性のないシステムなどは、赤道直下に暖房を持って行くようなものだと思っているのですが。
Commented by navi-area26-10 at 2008-01-18 00:04 x
あとツリー構造と言うと、その根本にはイデオロギーのような、大きな物語というようなものがあるという意味でしょうか。

「そのような思考は借定された外部の多様性が内部に侵入することを妨げようとする」と言うのは僕のものの見方がそのように感じられると言う意味もあるのでしょうか。だとすると僕も反省しなければいけないですね。そういうつもりはないのですが、僕が動けるのはせいぜい都内近辺ですが、自分の価値観を覆してくれるものは大好きなのですが、精進します。
Commented by meiguanxi at 2008-01-19 17:27
Navi-area さん、「中国がここまでやる以上、独立に限りなく近い自治が必要と言うことでしょうか」については本末が逆でしょう。しかし当事者ではない僕が語るよりは、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所H.P.の『中道のアプローチ:チベット問題解決に向けての骨子』( http://www.tibethouse.jp/cta/middleway.html )を読まれると宜しいかもしれません。
マスコミのことですが、日本のマスコミがチベット問題をまともに扱わないということについては僕も非常に憂慮しています。ですが始めにもお断りしましたが、産経・読売が云々、朝日・毎日が云々といった議論を「ここですること」はおよそ不毛だと考えています。
「アメーバ」という言葉ですが、ざっと読んだだけなのでもし無いのなら僕の読み間違えかもしれません。本題ではないので括弧内の「参考文献の著者が使っている言葉」という部分を読み飛ばしてもらって結構です。 (↓)
Commented by meiguanxi at 2008-01-19 17:28
「自己の理解する限りでの外部」云々と「普通のサラリーマン」であることや「動けるのはせいぜい都内近辺」ということとは関係ありません。僕の言う「外部」とはなにも現実実際的な意味での外国や外国人、または異教徒などのことではないからです。これについての説明は論文的長文を要するので、ここでは勘弁してください。
「システムは環境に適応できなければ生き残れない」「多様性のないシステムなどは…」についてですが、全く仰る通りではないでしょうか。一昨日のレスで僕はそのことを否定してない、というかシステムの生き残りということについてはそもそも触れていませんよ。 (↓)
Commented by meiguanxi at 2008-01-19 17:31
「ツリー構造と言うと、その根本にはイデオロギーのような、大きな物語というようなものがあるという意味でしょうか」についてですが、そのように僕には感じられました。そもそも、現在あるシステムを守ることが主眼であるのだとしたら、それ自体が「物語」(イデオロギー)と言うべきでしょう?尤も、全ての言説はそれが発せられた直後から既に、物語・イデオロギーであることを逃れられないのだと思いますが。ただモノローグである思想は右でも左でも、支配や抑圧、差別や排除、暴力や戦乱、ナショナリズムといったものを回避する契機を持たないのではないかと考えています。
ただ、これは一般なのであって、紹介されていたサイト著者の考え方を云々したものではありません。そもそもざっと目を通しただけで精査した訳ではありませんしね。 (↓)
Commented by meiguanxi at 2008-01-19 17:32
Navi-area さんのものの見方云々にかんしては、ここで僕がコメントすべきことでもないかなと思います。多分、重きを置いているものが僕とは少し違うのだろうなとは感じています。少なくとも僕は現状の世界秩序の保守や、或いは日本という国の存亡とは違う部分で考えているのだと思います。勿論、どうなろうと知った事じゃないと思っている訳ではないので、非国民扱いしないでくださいね(笑)  (↓)
Commented by meiguanxi at 2008-01-19 17:33
さて最後に、「この方法なら宗教に反対なmeiguanxiさんでも受け付けられるのではないでしょうか?どちらにしても中国のやっていることを正当化することは、ネトウヨ以外でも難しい気がします」というのが最初の疑問だった訳ですが、これにもう一度正確にお答えしてレスを終わりたいと思います。
まず僕は本文に於いてチベット仏教の転生制度を受け入れられないといった趣旨のことは一言も書いていません。また中国がチベットその他に行っていることを批判しているのは「ネウヨ」だけだと言っているのではありませんし、「正当化する見方もある」といったことも言っていません。むしろ「転生」に政治介入するとは何事だと中国政府を非難している訳です。更に言えば、それを批判することがまるでネウヨの専売特許のようであるかの如く、政府や日本の一般マスコミ等がこの問題に触れたがらない現状への憂鬱を感じているということまで読み取って頂けるなら、書いたものとしては冥利かなと思います。
分かっていただけるでしょうか。
Commented by navi-area26-10 at 2008-01-20 08:21 x
「日本の一般マスコミ等がこの問題に触れたがらない現状への憂鬱」という点了解しました。
「反中派と似たような文章に成ってしまうことが憂鬱だ」という部分に僕が過剰に反応してしまったようです。
ながながとありがとうございました。では失礼します。
Commented at 2008-01-21 23:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by meiguanxi at 2008-01-22 20:23
鍵コメさん、ありがとう。宜しくお伝え下さい! ちょっと分不相応で恥ずかしいですが^^A; ただ・・・だから僕の写真は素人の記念写真だって何回も_| ̄|○
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