サパ (ヴェトナム): 少数民族の市と観光化と
[ 北部ラオ周辺略地図 ]
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                                                               赤ザオ族


 ハノイからの夜行列車は朝霧に包まれたラオカイ駅に到着する。それは何も無い荒地にポツンと建っていた。列車の駅が郊外にあるというのは良くあることだが、それにしてもそれは唐突と言ってもよいような光景だった。駅前には建物らしい建物は無く、駅前広場建設の為にそこらじゅう掘り起こされている。1998年12月のことだ。
 ラオカイはヴェトナムの首都ハノイからソン・ホン(ホン川)を北西に遡った、中国雲南省河口(hekou)との国境にある町だ。夜行列車の3段ベッド向かい合わせのコンパートメントに乗り合わせたのは全て西洋人だった。閑散とした駅前にはバスが列車の到着を待っている。乗り込んで待っていると、他にも何組もの西洋人が駅舎から出てくる。いや、日本人も数人混ざっている。バスは鬱蒼とした山道を登り峠を越え、37kmの距離を1時間半も掛けてノロノロと走る。
 ヴェトナムを外国人が自由に旅行できるようになったのが94年だという。僕がサパを訪れたのはそれから僅か4年後でしかないのだが、こんな山奥の辺境であるにも拘らずサパの人気は既に大変なもののようだった。ヴェトナム全土の主だった観光地に於ける観光産業は沸騰せんばかりの状態で非常にツーリスティな印象を受けたのだが、この小さな村にも数多くのホテルやゲストハウスが林立している。ただし、少なくとも僕の訪れた時には、その賑わいは土曜日の朝から(もしかすると金曜の夜からかもしれないが)日曜の朝までという、非常に限定された期間に限られていた。


赤ザオ族                                                 黒モン族(市場の食堂にて)
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黒モン族(同右1枚)
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 この山奥の村を有名にしているのは、土曜日に開かれる少数民族の定期市だ。バスが到着した8時半には既に大勢の少数民族たちでごった返していた。こうなるとミーハーな旅行者としては宿を確保するのももどかしく、心踊るままに飛び出すことになる。この土曜マーケットに集まってくる少数民族は、赤ザオ族、黒モン族、ザイ族などとなっているが、残念ながら僕の時にはそれと分かるザイ族の民族衣装は目にできなかった。因みにザオとモンは、中国ではそれぞれヤオ族、ミャオ族と呼ばれる人々だ。ただインドシナ山岳地帯の少数民族の衣装はそれぞれの地域で大きく違うので、例えばこれまで雲南省の民族として紹介したミャオ族とは随分違うと思う。ザオ族にしても金平の紅頭ヤオ族との違いは一目瞭然だろう。或いはタイ北部の少数民族に詳しい方なら、真っ赤な長いファーのような襟飾りが印象的なザオ族の姿をイメージされるかもしれない。だがザオ(ヤオ)族の場合、良く見るとダボダボのパンツの柄に共通点があったりする。


黒モン族(同右1枚)
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 夕方になり市が跳ねる頃には多くの人々がそれぞれの村に帰って行くのだが、一部は遅い時間まで残っている。おそらく一泊して翌日明るくなってから歩いて帰るのだろう。市場の一角では民族衣装の若者たちが集まって歌を唄っている姿を目にすることができる。といってもいわゆる伝統的な歌垣というよりは、若い男女たちが遅くまで夜遊びしているといった面持ちだ。まあ、歌垣とは本来そういう目的のものなのだから、ギターを奏でて屯する姿も伝統の変容した形なのかもしれない。
 さて、人様の生活や装束を覗きにやって来て写真を撮りまくるというのは、どうやってもあまり品の良い行為とは思われない。何時もながら少しく後ろめたかったりもする。ところが夜になるとこれが逆転するのだ。旅行者たちの多くはメインストリートのレストランで食事をすることになるが、その窓際に土産物を売ろうと民族衣装のおばちゃんたちが集まってくる。とはいってもその時間になると彼らもあまり熱心ではなく、窓越しにレストランのテレビを観ていたり或いは旅行者の食事風景をからかうように眺めていたりするのだった。
 衆人注目のもとで食事をするというのはあまり落ち着きの良いものではないが、しかしこれが日曜日の夜となると状況は一変する。まさに寂しいほどに人がいなくなるのだ。もちろん個人でバック・パックを背負ってやって来る旅行者も多いのだが、ハノイからの現地ツアーでやって来て日曜日には帰ってしまう人の方が多いようだった。
 ところで、サパは村じゃないという意見もあるかもしれない。今頃は僕が見た光景とは全く違うほど発展していることだろう。少数民族の伝統的な装束や市が外国人旅行者に人気を博した訳だが、その結果としてほんの数年で有数の観光地と化したことが彼らの生活にその後どのような影響を与えることになったのか、不勉強と怠惰のゆえに知らない。


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by meiguanxi | 2008-01-19 19:36 | メコン流域 | Comments(9)
Commented by orientlibrary at 2008-01-19 22:11
藍が効いたお洒落な格好。すごくイケてます〜。赤い帽子もエッジが立ってますね。なんだか綺麗な鳥とか動物を連想してしまいました。
まんなかのおばあちゃん、いい感じ!自然でステキな笑顔。いい写真ですね。
Commented by はぶ at 2008-01-19 23:28 x
黒モン族(左)のお婆ちゃん(おばちゃん?)、メッチャかわゆい!
それにしても、今回も頭に眼がいっちゃうんです。帽子フェチ?
もちろん藍色の美しさとか耳や首などの飾りとか服のデザインとか背負い籠とか女性ばっかだとか、いっぱい気になりますよ。東南アジアの山岳民族って凄い興味あるんだけど未体験ゾーンですから。
Commented by yamane at 2008-01-19 23:34 x
はぁー。藍狂いの私には目に毒な写真のオンパレードです・・・。
今はどんな感じなんでしょうねぇ。この写真で見る限り、みんな植物藍みたいなんです、タイあたりではどんどん化学藍になってきてて。ベトナムも同じかなー。
黒モンの人々の食事風景、サイコーに気に入りました!
Commented by meiguanxi at 2008-01-20 11:53
オリエントさん はぶさん、ねぇ~、可愛いでしょ、この婆ちゃん。でも実はこの婆ちゃん、土産物売りだったりするんです。「あ~、撮りおったなぁ~、見てもうたでぇ。ほな、買うてもらいまっせwww」的微笑だったりするんです^^A;
オリエントさん、そう言われてみれば鶏冠みたいに見えますね^^
はぶさん、被り物フェチ?! だったら、ヤマネさんの処に素敵な被り物のイ族がいます。それと、貴州省にはとんでもない被り物のミャオ族やトン族がいるので、旅行先にお勧めです^^
Commented by meiguanxi at 2008-01-20 12:00
ヤマネさん、ここのモンも若い娘などが着ていたテカテカした衣装(4枚目の籠の横で屈んでる人)は化学染料、というかそもそも化繊みたいですね。そうだ、ここで民族衣装風の藍染を買って今でも部屋着にしているんですが、当初は洗濯の度に古くなった白Tシャツを染めるのに最高でした♪ってなんでやねん_| ̄|○
食事風景、サイコーに失礼な写真ですね;;
Commented by yamane at 2008-01-20 14:59 x
いや、没さん、藍とはそういうものなのですよ。気長に付き合ってあげてください(笑)、もう色落ちしませんでしょ?
この食事風景ですが、すごく失礼を承知で言いますと、青い服の小人がぎゅーっと固まってご飯食べてる感じがすっごくかわいくて。今この町がこうであるならば、私は片端から皆さんの服を脱がせて集めて回りたい。
えーと、連投スミマセン。しばらく黙りますw
Commented by meiguanxi at 2008-01-20 21:41
藍、そ、そうなんえすか^^A; りーさんあたりにも馬鹿にされそう_| ̄|○
ところでまだ使っていますが、色落ちが無くなった頃には裏布を縫い付けなければならない状態になっていました。で、いまじゃ裏は継ぎ接ぎだらけで暖かいです♪w
Commented by lunta at 2008-01-21 01:38 x
おばちゃんたちが一生懸命働いて、元気に食事して、って光景で素敵ですね。こういう少数民族の衣装ってとても興味があるのですが、私も没関系さんと同じで写真を撮りまくってしまうことに後ろめたさを感じてしまうのです。品の良い行為とはいえない、まさにその通りですね。
でも先日NHK-BS1でやっていたアルベール・カーンの100年前のカラー写真を見ていたら素人でも記録を残すことに意味はあるのかも、と思えてきました。このような風俗、100年どころか10年先でも残っているかどうか分かりませんものね。
Commented by meiguanxi at 2008-01-21 19:33
こうは書いているけど実際にはパチパチ取り捲っちゃうんです;;
ええ、特にここ20年近くの中国の変化なんか目の当たりにすると、なんで当時は普通だったの街の光景をもっと撮っておかなかったかなと、残念だったりします。地震で破壊されちゃった遺跡とか開発で変容したシルクロードやチベットとか。僕の記事にはかなり古い写真も含まれるのですが、時々個人的なアルバムの中に埋もれさせておくのは勿体無く思ったり。傲慢ですけどね^^A; そうそう、ラダックの壁画だってかなり危うい状態なので、こんな素人写真でも何かの印くらいにはなるのかなぁ・・・?
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