シンチャイ村(ヴェトナム・サパ): 黒モン族の質素な村
[ 北部ラオ周辺略地図 ]
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 ヴェトナム最北、中国雲南省との国境に近いサパの小さな町は、黒モン族や赤ザオ族が集まる定期市のために週末だけ沢山の外国人もやって来て大変な賑わいになる。ところが日曜の朝を過ぎると町は一変する。ゲストハウスも市場も商店も開店休業状態で、のんびりというよりはまさに閑散といった感じだ。少なくとも1998年12月にはそのようだったし、それは町というよりは村だった。
 その週末、サパを訪れていた日本人旅行者はハノイからのツアーを別にして4人いたのだが、そのうちの僕を含めた3人はたまたま同じ宿だった。日曜日も町に留まった僕たちは月曜日、近くまでミニトレッキングに出掛けることにした。サパ周辺には沢山の少数民族の村が点在している。だが十分な準備もなかったし、3人のうちの1人は女の娘だったのだが、彼女はその日の夜行列車でハノイに戻ることになっていたので、午後のバスで町を離れなければ成らなかった。そんな訳で遠出はできない。僕たちはモン族の村カットカットと近くの滝を訪ねることにした。そこなら往復3時間程度で行って来られる。


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 カットカットへはサパの町外れから谷に向かって坂道を下って行く。我々はずっと真っ直ぐに進んだ。ところが幾ら行っても滝は現れないし谷にも降りられない。かなりの距離を歩いた所でやがて村が現れた。ぽつりぽつりと点在する家々は板や竹で組まれた簡素な平屋で、屋根は木の皮で葺いてある。軒先には藍染が干されていて、その庭先ではモン族の女性が縫物だか刺繍だかをしている。ここはカットカットですかと訊くと、「ああ、シンチャイ、シンチャイ」と答える。後で分かったことだけれど、僕たちは途中で路を間違えてしまったらしい。下り坂の途中に石段を下る標識があったのを見落としてしまったのだ。シンチャイ村はカットカット村より少し先にあるらしかった。子供たちは「ハロー、ハロー」と元気良く迎えてくれたし大人の女性たちも友好的だった。男の人の姿は見当たらない。遠くの畑に出掛けているのかもしれないし、出稼ぎに行っているのかもしれない。やたらと犬の多い村で彼らは全く友好的ではなかった。逃げても追い払っても沢山の犬が吠えながら威嚇してくる。この辺りの犬が狂犬病の予防接種などしているとも思えない。もし1人だったら萎えていただろうと思う。
                                     幾ら進んでも滝には行き着けそうになかったし(当然だが)、
                                   一緒に行った女の娘もかなり疲れてきているようだった。僕たち
b0049671_20311133.jpgちは前方に見えた小さな丘を終点にしようと決めた。そこには2人の幼い子供がいて、下半身裸のような姿で遊んでいた。近寄ると丘の陰に一軒の家があり、お婆さんが笑いながら出てくる。
 僕たちはお婆さんの家に招待された。それは小屋といった感じの家で、床は土間になっている。広間は一応ふたつに仕切ってあり、隅に2つの寝室があった。竹で組まれた簡素なベッドにはかなり汚れた毛布が無造作に乗っていた。あまり衛生的な生活環境とは言えなさそうだ。当然だがもちろん電気も水道もない。
 お婆さんは土間に薪で火を熾し、真っ黒に煤けた薬缶でお湯を沸かしてご馳走してくれた。お茶ではなくただのお湯だ。驚くことに直火に掛けられた把手の付いていない薬缶を、お婆さんは素手で扱った。驚愕というよりも殆ど焦ってしまった僕たちはお婆さんの掌を見せてもらった。なかなか大変な生活であるようだった。粗末なお椀に注がれたお湯は少し黒ずんでいて、油が浮きゴミが沈んでいた。勿論、有り難く頂いた。お婆さんは、良し良しというように笑顔で頷いた。


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 帰り道で気が付いたことだが、サパからの下り道の途中には立派なホテルが建設中だった。もうすぐあの村のほんの近くまでも観光開発されるのかもしれないし、上手くいけばあのお婆さんの暮らしも少しだけ楽になるのかもしれない。いや、利益や恩恵はホテルやレストランを経営するヴェトナム人にしか回らないだろうか。そんなことを思いながら僕たちは町に戻って行った。そう、98年12月のある日のことだ。


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by meiguanxi | 2008-01-22 20:38 | メコン流域 | Comments(0)
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