[ 北部パキスタン略図 ]
僕が比較的 「沈没」 しないタイプの旅行であるのは、3ヶ月なら3ヶ月で帰国して職場に復帰するという環境のもとで旅を始めたことと関係がある。3ヶ月間というと長いようだが、バックパックを背負って旅するには決して長すぎるスパンではない。勢い一生懸命に真面目に移動することになる。とはいえ、3週間 FIX のエア・チケットを持って北部パキスタンを周遊するというのはちょっとタイトに過ぎたかもしれない。 夕方に東京を発ち夜中にカラチで乗り換えて早朝にラーワルピンディ (首都イスラマバードの隣町) に着き、その日の午後には夜行のミニ・バスで町を離れ、翌早朝には北部の中心の町であるギルギットに到る。翌日から4泊5日でフンザ、グルミット、パスーを経て中国領新疆ウイグル自治区 (東トルキスタン) との国境であるクンジェラブ峠を往復、更に翌日にはヒマラヤ山脈東端の8000m峰であるナンガ・パルバットのベースキャンプへ向かい、1日トレッキングを含めて3日後にギルギットに戻る。そして翌日にはこの記事のルートだ。 Gakuch 付近にて 首都から北部へのメインルートである KKH (カラコルム・ハイ ウェイ) はギルギット川に流れ込むフンザ川を更に北東へと遡り、クンジェラブ峠へと登って行く。一方、ギルギット川はほぼ真っ直ぐに西から流れくる。この川を遡るのは未舗装のローカル・ルートだ。ギルギットから200数十キロで標高3700超のシャンドゥール峠、ここを数十キロ下るとマスツージという村に到る。 僕が訪れた1996年当時、この間を結ぶ公共交通機関は無く、乗り合いジープは途中の村までしか走っていなかった (現在はバスが運行され、その日のうちに横断できるようだ)。本当ならそこから数日掛けて歩くというのが、おそらくシャンドゥール峠の美しさに触れる真っ当な旅なのだろうと思う。だが、なにしろ帰りの飛行機までは残り10日しかなかった。僕はギルギットからマスツージまでの間の1泊2日、ジープをチャーターすることになったのだが、自然の美しさを堪能するためにも人々との触れ合いという点からも残念ではあった。 ガクーチまでは未舗装とはいえ比較的幅の広い快適な道が続く。ここで昼食。チャーシという村まで行くという男を拾う。チャーターしたジープではあったが唯一の交通機関である乗り合いジープの本数は少ないのだ。実はここまでにも1人を乗せて降ろしていた。運転手は僕に承諾を得、僅かな収入を得る。北からイシュコマーン川が合流している。小さな集落だが宿はありそうな村だったので、本当なら1泊してみたいところだ。この先10kmほどでホーパル、このコースで3度目のパスポート・チェックを受け、更に1人の男を乗せる。 この辺りから道は極端に狭くなる。ヒンドゥークシュの山塊群を縫う谷脇の断崖に付けられた道は危うい。いつ落石や崖崩れに巻き込まれても不思議ではない。だが、その分、風景は素晴らしい。ギルギット辺りでは土色をしていた川はガクーチから先、乳緑色に変わる。荒々しくそそり立つ岩山、乳緑色の流れ、狭い耕作地とポプラの緑、澄んだ空に浮かぶ雲は真っ白だ。 この道の北側は6000m級のヒンドゥークシュだが、60kmほど北側はパキスタンとタジキスタンに挟まれたワハーン回廊だ。アフガニスタン北東部の盲腸のような領土で、新疆ウイグル自治区に繋がっている。玄奘三蔵がガンダーラからの帰りに通ったとされる渓谷だ。 北から支流が合流してくるグピスで同乗者の家に招かれ、チャイとナンをご馳走になる。その谷を遡ればヤスィーンに到る筈だが、今回は憧れのまま西に進む。川はこの辺りからキズル川と名前を変え、乳緑色だった流れは見事なエメラルドグリーンに澄んでくる。村外れの岩山を越えるとそこは深い緑が美しい湖だった。おそらく崖崩れによる堰止湖なのだろう。 ところがここでパンク。予備の物に付け替えるが、これも空気が抜けている。結局、グピスまで戻り村の修理屋へ。2時間のロスだ。お陰で宿泊地のテルーに着いた時にはすっかり暗くなっていて、嘗ての氷河モレーンが堰き止めたというパンダール湖は闇の中だった。 Gupis の先の堰止湖 テルーのレストハウスで1泊するが、なにしろ全くの山の中だ。満天の星はオリオン座すら見分けられないほどで、僕に理解できたのは天の川と火星と木星だけだった。 その晩のレストハウスのゲストは僕とドライバーと助手だけだったのだが、翌日目覚めると宿の外に日本人の学生がシュラフに包まっていた。乗り合いジープで昨夜遅くに着いたのだが、宿に人気が無いと思ったので軒先で寝たのだそうだ。後部の荷台に満員の客が立ち尽くしたジープでは、途中の景色など何も見られなかったというから、なかなか厳しい移動のようだ。ただ、テルーまで入って来るカーゴ・ジープは少なく、32km手前のパンダールまでのものが多いと聞いていたので、その点では彼はラッキーでもあったのかもしれない。それにしても彼は昨夜、まさに満点の星に抱かれて眠ったのだ。 レストランなどある場所ではないので、レストハウスの朝食を奢り途中まで乗せて行くことにする。 Barsat 付近 ジープを阻む山羊と羊の群 テルーから先は前日の渓谷とは違って広く開けた草原を走ることになる。小さな集落が点々とあるようで、羊や山羊を放牧する人達の姿を度々目にする。物凄い数の山羊がジープの前を阻んでしまい、暫く動けなかったりもする。一面の草の緑と水の流れが眩しいほどに美しく、そして気持ちが良い。 バルサットを過ぎるとやがてランガルの湿原になり、ここで青年を降ろす。テルーからここまで歩けば7時間の行程で、しかもテントを持っていない場合には4時間手前のバルサット泊となるらしかった。だがここから歩き出せば今日中に峠へ登り切れるだろう。峠にはテント・ホテルがある筈だ。実はこの3年後、ストライキで混乱を極めていたカトマンドゥのロイヤル・ネパール航空オフィスで彼に再会することになるのだが、勿論この時はそんなことになるとは思ってもいない。車を降りザックを背負い直す彼に手を振りながら、僕は少し羨ましさを感じてもいた。 ランガルの湿原を回り込むと峠への登りになるが、標高差は300m程度なのでさほどの険しさは感じない。やがて広い草原にでる。下に比べれば緑は少ないが、その青さを空と競っているかのような湖が目に眩しい。湖の畔ではヤクが草を食んでいる。夏場の放牧地なのだ。 今の僕なら例え日程が少なくなっていたのだとしても、ここでジープを返して1泊し、翌日は下りの道を数十キロ歩くという選択をするに違いない。シュラフも持っていたし荷物は少ない。だが当時まだヒマラヤでのトレッキングをする前だった僕は、少しの休憩だけで先を急いでしまった。返す返すも勿体無い。 峠は湖を回り込んだ先になる。 シャンドゥール峠 シャンドゥール峠からの下りは荒涼とした荒々しい風景だ。道も危うい。対向車があれば滑落寸前といった断崖すれすれまで車を寄せなければならない。 マスツージから谷を南西に115km、乗り合いジープで5時間も走ればチトラール。アフガニスタンは目の前だ。何時の日か峠を越え国境を越えてアフガンの地に立つことはできるだろうか。そしてその時、アフガンの人々は我々 「西側」 の人間への憎しみを抱いてはいないだろうか。だが、今のままではどちらも難しい。
by meiguanxi
| 2008-09-14 18:00
| インド・パキスタン
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Comments(14)
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gogoasia at 2008-09-15 15:38
クンジェラブ越えはわたくしの憧れです。
いつか行きたい。 現在"元東パキスタン"バングラデシュです。 多様化の進む世界に逆行し、イスラム化が今も進行中です。
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行ってみてぇーっ!
と、男子のように思ってしまいました。 パキスタンにはまだ行ったことがありません。それにしてもきれいなところですね・・・。だけど、見たこともない風景だ、とは思わないのは、ラダックあたりにちょっと似ているからなのでしょうか。
シャンドゥール峠、やっぱり奇麗!
本田勝一氏の「憧憬のヒマラヤ」を読んで元々興味のあった地域だけど、シャンドゥールは名前の響きに惹かれて日本を出る前から「外せないポイント」でした。だけど、カシュガルからビザ無しで入ったから北パキを二週間で抜け、結局イスラマの国営キャンプが居心地良くて。。。だからシャンドゥール越えもチトラール周辺もまだ未体験のまま。ナンガ・パルバットも見れず。その代わり崖崩れを三回もプレゼントされました。うち一回は岩が危うくバスに直撃するところでした。笑っちゃいます。 でもフンザは奇麗だったなあ。今思えばイスラマなんかで沈没するんじゃなかったと思うけど、でも、予定どおりUターンしてたら、その後のダラムサラでの出合いもなかったわけで、それもヤダな。 アフガン共々、ある程度の安全とチャンスがあれば行きたいところです。
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meiguanxi at 2008-09-16 01:23
gogo さん、実は僕、クンジェラブを 「越えた」 こと無いんですよ。色々事情があってタシュクルガンとフンジェラブの間180km位かな? 未踏なんです。パキ側から登って数m越境しましたけどねw
東パキスタンなんて国名を知ってるってことは、それなりの歳・・・じゃないか、実際に今、そこに居るのだものね^^ バングラデシュでも原理主義とか復古主義とかが台頭してるのですか? ちょっと見落としてます。出来ればブログで詳しく教えて下さい。
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meiguanxi at 2008-09-16 01:33
行ってみてー♪
とちょっと女性的に熱烈に薦めてみるw うん、荒涼とした岩山、谷に沿った耕作地、樹木といえばポプラ、薄くて塵の無い澄んだ空気と青い空・・・ラダック辺りと似てます。インダス沿いだけでなくマルカ・バレーを歩いてきたヤマネさんは、きっと同じような光景を目にしたのだと思います。 ただぁ・・・このコース、分かってると思いますが腰には全然優しくないですからねー!
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meiguanxi at 2008-09-16 01:46
はぶさん、旅は人にだけじゃなくその時の自分にも一期一会だからね^^
えと、これから行っても全然僕に自慢できますよw 僕はこの辺りをウロついたにも拘らず、前の記事のトップの写真、肝心のティリッチミールが逆光とガスで飛んじゃってますからねー_| ̄|○ ムスリムの国ってそう、過ごしやすいでしょ?僕には時にビールが無いのが辛いけど^^A; もっともっとイスラームの国に、出来れば個人で行くといいと思うんだよね、みんな。イスラームの国から合法違法で海外に出稼ぎに出てる人も多いでしょ?彼らはイスラームの或る部分を変える力に成る筈で、やっぱり銃や爆弾では分かり合えないんだと思うんだけどなぁ・・・
こんばんわ
私がシャンドゥールを越えたのは、95年の9月でした。ジープを乗り継いで1泊で越しましたが。 写真奇麗ですね、思い出されます。 今はバスが通っているなんて隔世の感ですが、3週間でパキスタン北部とは、なかなか強者ですね。 久しぶりに2週間ほど、俄バックパッカーをしましたが、歩き回るのがかなりしんどいです。無事社会復帰できるかどうか(笑
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meiguanxi at 2008-09-23 01:35
むとうす さんお久し振りです。トラバして貰って以来ですね。さっき、セルフ検索しててたまたま行っちゃったんですけど、見付けられちゃったかな^^A;
そうですか、シャンドゥール、僕の前の年に行かれたんですね。あの辺り、本当に美しいですよねー! ええ、ちょっと調べてみたら道も随分改修されたみたいです。3週間は・・・マジ時間が無かったしマトモな旅が出来る見通しも無かった時だったので、ちょっと残念です。はい、けっこうキツかったです;; 今、アンダルシアですか? 懐かしいー! 20年前、その辺りを将来の見通しを全部捨ててウロついてました^^ ヨーロッパ、アジアよりむしろ宿取りとかキツイし、ある意味ではアジアより精神的に消耗する部分もあるかもしれませんね。
20年前にアンダルシアですか、恐らく今行かれると隔世の感大という感じかとも思います。
宿選びは、まあほどほどという所でしょうか。ドミ限定でなんて年でもないので、シングル中心に泊まりましたが、満室泊まれずということはありましたが、「もうどこでもいいから!」なんてほどのことも無く。 物価の違いはともかく、治安とか買い物し易さとかコインロッカーがあることとか、楽な一人旅ができたと思います。 体力と時間があったら、もっと面白い所を回れて色々見られたのかなとも思いますが、元パッカーの「俄」としては丁度良い長さだったかもしれません(^^;
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meiguanxi at 2008-09-26 23:17
あの頃は経済成長期だったとはいえまだまた物価は低くて、ちゃんとレストランで食事ができました。って、イタリアやフランスでは買い食いばっかりだったのでw でも今や経済大国みたいですからね、アンダルシアも変わったのかなぁ・・・
治安といえば、十年くらい前には日本人がノックアウト強盗にやられるという事件が頻発してましたが、今は治まったのかな・・・
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武藤 臼
at 2009-04-20 02:00
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meiguanxi at 2009-04-20 19:29
むとうすさん、こんにちは。トラックバック、承認制なんてまどろっこしい設定にしててごめんなさい。
2拍3日だったんですね~。しかもグピスに夜着いて暗いうちに出発してるし^^A; お疲れ様でした。でもその分、ぼくよりゆっくり堪能できたんですねー! 僕の時にはテルー直前は夜だったので、何も見えなかったんですよ~
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武藤 臼
at 2009-04-20 19:56
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もめ事もあったし、宿は二晩とも最低クラスだし、それでもそれほど悪い思い出ではないですねえ。
確かに3日かかりはかえって幸運でしょうねえ。2日目は午後半日まるまる空いてたので、少しは散歩をした・・・はずですし(笑
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meiguanxi at 2009-04-20 23:00
筈って^^A; 忘れちゃってるんですか?ww
まあねぇ、そうそう、15年にもなると確かに薄れちゃいますよね。写真を見てもその状況を上手く思い出せなかったり。人間って、なんて頼りないんでしょ^^ いつか機会があったらヤスィーンとかにも行ってみたいですね。
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by meiguanxi
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