カテゴリ:Free TIBET( 11 )
忘れてはいけないこと
b0049671_1828043.jpg
           2008.12. 6 Shinjuku, Tokyo  自由への道—チベット 国際人権週間デモ




忘れてはいけないこと
忘れられてはならないこと

諦めてはいけないこと
諦められてはならないこと

思想信条の流布や政治に利用するのではなく
情勢論によって無視するのではなく
国益のために回避するのではなく

人類の倫理のために取り組まれるべきこと

オリンピックも聖火リレーも遠い昔のことのようだ
けれど
チベットへの抑圧・弾圧とチベットからの略奪、チベット文化への破壊は
今日、今この瞬間も続いている



リンク : ダライ・ラマ法王日本代表部事務所



b0049671_18522963.jpg

   ※ 上の写真の手前お2人は在日チベット人として公然と活動されている方達なので、ぼかしは入れていません。
[PR]
by meiguanxi | 2008-12-08 19:03 | Free TIBET
アバ大地震

なんてこった・・・
[PR]
by meiguanxi | 2008-05-13 21:13 | Free TIBET
Free Tibet in 早稲田、或いは表現の自由
b0049671_18201983.jpg

(※ アバでの大地震があったために、この手の更新を憚られ。少し前に準備していたものですが、15日、日付を12に変えて
 こっそり更新します。)


 聖火がチョモランマに登頂した日、僕は早稲大学大隈講堂前にいた。勿論、大隈講堂で講演をするという胡錦濤主席に直接、抗議の声を聞いてもらうためだ。だがこの日、僕が思い知ることになったのは、言論や表現の自由といったものの危うさだだった。それらは政府や官憲の意向でこともなく圧殺されるのだという実感だ。もちろん僕はそれを知っていたが、アンノンとした生活の中で忘れ掛けていた現実の姿を四半世紀振りに身をもって思い起こさせられることになった。
 当日13:30、地下鉄東西線早稲田駅を地上に上がるとそこには何台ものの警察車両と警官達がいて、早稲田方面に向かおうとする1人1人の持ち物検査をしていた。別に疾しい物は持っていない。ところがチベット旗やプラカード、チベット旗のコピーなどを持っている人の通行は完全に規制された。全面通行止めとか通行禁止とかではない。チベット関連の何かを持っている者だけが通行を差し止められているのだ。それはあからなさな思想信条への差別であり表現の自由への抑圧だった。法的根拠を質しても回答しない。任意なのか強制なのかの質問にも回答はない。しかし無理に通ろうとて押し合いに成れば公務執行妨害の現行犯になることは確実だった。
 仕方なく暫く神楽坂方面に退く。その大通りにも100m程は警察車両が駐車している。異常な光景だ。漸くそれが途切れた少し先でタクシーを拾った。旗竿などを足元に隠し、自分も顔を伏せるようにして件の交差点(早稲田方面へは片側一車線の狭い道になる)を右折、なんとか辿り着いた早稲田大学前は数十台の警察車両と無数の警察官とでごった返していた。何か聞き分けられない大勢の群集の声がそちらこちらから地鳴りのように響いている。まさに騒然とした雰囲気だ。早稲田通りはその西側で正門に突き当たっている。ここが小さな広場のように成っていて、バスなどはここからUターンする作りになっている。だが本校キャンパスに沿って南から北にくねくねとした一方通行の狭い道があるので、タクシーはそのまま右折して進むことが出来る筈だが、この先には進めないのでUターンするようにという警察の声がスピーカーから響く。僕は運転手にUターンして停めてくれるように頼む。回り込んだ左手が大隈講堂なのだ。本校正門との間は一方通行の道で隔てられている。
 ところが下車するなり数人の警察官に取り囲まれる。そのまま早稲田通りを退去するようにと命令される。大隈講堂前がどのような状況にあるのか、沢山の警察やマスコミたちで確認できない。だが本校キャンパスを見ると正門内に沢山のチベット旗が翻っているのが見える。あそこには旗を持った人がいるではないかと問いただすと、彼らは許可証を持った人達だという。「許可証とは何の?」 「今日の許可証です」・・・今日の許可証とはいったい何のことか?抗議活動をするのに許可証がいるのか。しかも彼らのいる場所は大学構内であり、デモや集会の届けを警察に出す必要のない場所だ。本校キャンパスとは別に、大隈講堂とは早稲田通りを挟んだ反対側(タクシーが進入してきた車線側)の芝生地にも沢山のチベット旗が翻っている。それを指摘すると警察は、あれも招待状を持った人たちだと言う。招待状・・・胡錦濤に抗議をするための招待状を誰かが出しているというのか。馬鹿げている。実に馬鹿馬鹿しい。警察官達はそんなくだらない嘘まで平気でついて、既に大勢の人達がチベット旗を振り抗議の声を上げているにも拘わらず、僅か1人を排除することにやっきになっているのだ。

b0049671_18174017.jpg
                                                    通りを覆い隠す警察車両群

 いや、ここは冷静に公平な感想を言うことにしよう。おそらく警察官達の間で指示が混乱していたのだろう。僕を排除しようとしていた若い警察官は、胡錦濤主席の講演聴講者に予め届けられた許可証と、その場にいる人達への許可とを混同していたのだろう。大揉めに揉めているとやがて老練な警官が走り寄って来て僕を件の芝生地に誘導した。
 その場には300人ほどのチベット・サポーター達がいただろうか。それぞれにチベット旗やプラカードなどを手に Free Tibet!を叫んでいる。その周りを沢山の学生や野次馬が取り囲んでいる。その中には本当にただの野次馬もいれば、声を上げたり旗を振ったりはしなくと、チベットを指示したい、或いは中国政府に抗議したいという想いで見守っている人達もいた。

 騒然とした中、本校キャンパスの方を見ると夥しい警察官達が校門周辺に集まり、やがて門の金属の蛇腹を閉じ始める。中に入っていた警察隊がチベット支援の学生達をキャンパス奥に押しやっていく。この光景は You Tube で実際にその最中にいた学生が撮影した映像で見ることができる。2重3重になった警察官達が学生に圧力を掛けて押し込んでいく。動こうとしない者は力尽くで引き摺られる。倒れてしまった者の上を沢山の警察官たちが越えていく。とても大学の中、しかもこう言ってはなんだがそこらのオーナー大学でない、早稲田の構内での実際に行われていることだとは信じがたい光景だ。
 大学当局によると大隈講堂は貸しただけであり大学が関与した講演ではないという。してみれば大学が学内の秩序維持の為に警察に協力要請したのではない。もちろん逆だ。政府なり警察からの要請を受けて、自らの学内への警察力の侵入を許可し、自らの学生達が排除されることを許したのだ。もう一度敢えて言うが、そこいらのオーナー大学ではない。早稲田大学総長のこの姿勢は、ひとり早稲田の歴史に泥を塗ったというに留まらず、学府に対する暴挙だ。また、この講演には数十人の中国留学経験者や中国関係ゼミ生を除いて、一般の早稲田の学生が入ることはできなかったのだ。あとは中国関係者や政府の招待者だ。なんの為に早稲田で行われる必要があったのか。福田首相の出身校だからというのか。だとするなら権力による大学の私物化以外の何物でもない。
 やがて何台も警察バスが僕がいた芝生地の前の沿道に駐車し、正門まで一寸の隙もなく塞いだ。15:20位のことだ。それと同時に警察街宣車の上から 「旗を降ろしなさい!通行人の危険になるので旗を降ろしなさい!」 というが発せられる。しかし歩道を歩くことを許されていたのは警察官と公安とマスコミだけだった。芝生地を通る早稲田学生もいたが後方の大学建物との間には十分な空間があり、彼らにとって邪魔だったのはチベット国旗ではなく警察の封鎖それ自体だった。「各隊は旗を降ろさせるように行動を取れ!」 という指示とともに警察官たちが我々チベット・サポータたちににじり寄る。僕達は何重ものロープの内側に押し込められていたのだが、そのロープを挟んで警察官たちと睨み合いになる。「言論の自由を抑圧するな!」 「表現の自由を圧殺するな!」 と僕は目の前の警察官に叫ぶ。誰も旗を降ろそうとしない。Free Tibet!の声はますます大きくなる。誰かの怒号が聞こえる。スピーカーから警察の高圧的な命令が大音量で流れる。まさにこの時、裏道から(これは後で知ったことだが)胡錦濤主席を載せた車が大隈講堂に到着したのだ。

b0049671_18184497.jpg
                                      閉じられた早稲田正門。その内を占拠する警官隊

 この芝生地にいた抗議者の中には、いわゆる反中を口汚く叫ぶ組織やそれに動員された人々もいて、芝生地と路地を挟んで本校キャンパス側に現れた巨大な中国国旗を振っていた中国人留学生たちと罵り合ったり睨み合ったりしていたようだが、圧倒的多数は勝手に来た一般の学生であり市民だった。この勝手に来た市民や学生達は拡声器が無いにも拘らず一糸乱れずシュプレヒコールを延々と繰り返した。

 チベットに自由を!
 言論の自由を!
 教育の自由を!
 宗教の自由を!
 本物の自由を!
 チベットに平和を!
 パンチャン・ラマを返せ! (
 チベットに人権を!
 Free Tibet!
 Free Tibet!
 Free Tibet!
 Free Tibet!

 誰かが始めたコールを誰かが書き写し、それを書き写した人がその紙を誰かに配り、それぞれが離れた場所でコールをリードした為に、全員が同じコールをすることができたのだ。もちろんチベット問題である。そこにいた人達にはそれぞれの政治心情があり、僕のような左派も或いは反中意識のある右派も、またはノンポリもいただろう。仏教への信心のある者も持ち合わせない者もいただろう。だが、そこにあったのはたった1点、チベットに自由を!という想いだった。このシュプレヒコールは胡錦濤主席が早稲田を去る17:15位まで延々と途切れることなく続いていた。

b0049671_18162621.jpg
   一般人はこのファインダーの位置には立てなかった。これはマスコミの方にお願いして撮って貰った写真
[PR]
by meiguanxi | 2008-05-12 23:07 | Free TIBET
聖火のチョモランマ登頂と日本メディア

                                  チョモランマ北壁(ロンブク谷・ベースキャンプ手前)

  (※ 今回の写真は1993年撮影のもので、記事とは関係がありません)

 2008年5月8日、チベット人たちの願いと世界からの懸念と批判にも拘らず、北京五輪のトーチがついにチョモランマ(エヴェレスト)山頂に運ばれてしまった。
 3月以来チベット各地で僧侶や市民・遊牧民たちが中国によるチベット占領と人権や宗教への弾圧、文化や環境の破壊、中国人による搾取等へ抗議の声を上げた。この抗議の声を中国政府は外国メディアをシャットアウトした上で、武装警察と軍によって武力制圧した。このことを切欠に世界各地で聖火リレーへの抗議の渦が巻き上がった。中国政府が 「オリンピックと政治とを結び付けるべきではない」 と言っているだけではなく、日本でも少なからぬ人達がその意見に同調しているのかもしれない。だが、その中華人民共和国はこれまでに政治的な理由で幾度となくオリンピックをボイコットしているのだ。いや、その頃と今とでは中国も変わろうとしてきてはいるのかもしれない。だが、実際に彼らはオリンピックを国威発揚の手段として政治化しているのは事実だ。さらにオリンピックを前にした開発の為に補償や人権を無視した立ち退き等を政治的に推し進めたのも事実だ。
 そして聖火のチョモランマ登頂とは正に、「チベットは中国の土地である」 と国内外に宣言するためのプロパガンダ・イベントに他ならない。僕はこの聖火のチョモランマへの登頂ということについて3月の騒乱以前から懸念を表明してきたのだが(参照)、今、チベット人たちがどのような想いでそのニュースを耳にしたのだろうと想像すると胸が痛い。彼らにとってそれは身内が陵辱されるにも等しい苦痛だったに違いないのだ。「政治とオリンピックは別」…日本という国でチベット問題などに関心も無く殆ど知りもしなかった人達の、そのような無邪気な言葉が虚しい。いや、正直に言えば腹立たしい。

 聖火がチョモランマを汚したその時、中国の最高指導者たる胡錦濤(hu jintao : コキントウ)国家主席は日本にいた。1989年、ラサで抗議の声が上がった時の、「チベット自治区」の中国共産党書記という自治区最高責任者だった人物でもある。この時にはラサに戒厳令を敷き、軍と武装警察よって徹底的に弾圧した。その時の映像の一部は現在、You Tube などでも見ることが出来る。この武力鎮圧の 「功績」 が彼の中央への足掛かりとなったのだ。
 5月6日、中国国家主席としては10年振りの来日となったその日、東京・外苑前の日本青年館ではこの問題での中国の対応を批判しチベット支援の声を上げようと1200人の集会が行われ、これに続く原宿方面へのデモには実に4000人が結集した。もちろん主催団体が用意した物もあるわけだが、実に多くの人達がチベット旗を持参していた。終着の代々木公園に翻るその圧倒的な数には、長野を経験してきた僕の目にも圧巻だった。また同じ日、大阪でも数百人によるデモが行われたようだ。(同日夜、日比谷でデモ隊と警官隊との小競り合いがあったようだが、日比谷でのデモを呼び掛けたのは、日本青年館で集会を行い原宿・代々木公園へのデモを呼び掛けた団体ではない)
 ところで、どうも未だに日本の大手メディアではこの抗議行動の報道が軽んじられているような気がしてならない。或いは胡錦濤主席が訪れる先々でも沢山の取材陣が抗議者にインタビューしているにも拘わらず、まともな回答が使われることは殆ど無く一部右翼勢力による混乱に焦点を当てたり、或いは「大きな混乱も無く」 という形容が付いた報道に終始しているケースが多いような気がする。大きな混乱が無ければ報道しないのだろうか。卵を投げ付けるとか逮捕者がでるとかしない限りは報道しないのだろうか。逮捕者が出てもその混乱だけを伝え、その背景を一切伝えないマスメディアとはいったい何なのだろう。このブログの常連の方たちなら既にご存知のことだと思うが、長野で聖火の前に飛び出して逮捕された人、殆どの報道では 「台湾籍の男」 と伝えられた人が実は亡命チベット人2世だということを知っている日本人はどの程度いるのだろう。彼、タシ・ツェリンさんは暴力行為を働こうとしたのではなく、ランナーの前を走るメディアのカメラに向かってチベット旗を広げて泣きながら Free Tibet!と叫んだだけなのだという事実を、正確に認識している日本人がどれだけいるのだろう。そして、あの程度の 「威力業務妨害」 で5月11日今日現在尚、拘束され続けているということをどれだけの日本人が知っているのだろう。卵投げ男などは当日だか翌日だかに早々に釈放されているにも拘わらず。

※ 5月18日追記
  タシ・ツェリンさんは16日午後、地検から漸く釈放された。


※ 本文とは関係ないが、今日2008年5月12日、アバ(現四川省チャン族・チベット族自治州)で大きな地震があり、揺れは北京や台湾にも達したという。九寨溝や黄滝といった自然遺産やパンダの生息地でもある。午後21時現在、チベット人居住地域(震源を含めて)の情報や声が全く入ってきていないのが不安だ。



                                                        テングリ村の朝
[PR]
by meiguanxi | 2008-05-11 21:12 | Free TIBET
聖火リレー長野に関する報告と個人的総括
b0049671_157874.jpg
                        チベット旗・中国国旗入り乱れて騒然とする長野市街・大門交差点付近


長野での集会で訴える渡辺一枝さん・25日夜
b0049671_1514054.jpg 聖火リレー前日25日午後、僕が14時半にバスで到着した長野市内には何台もの右翼街宣車が大音量で走り回り駅前でも長々と演説を続けていました。駅前で静かに雪山獅子旗(チベット旗)を振っているグループもありましたし、僕も一時、駅から駅前広場に降りる階段上の展望スペースから広場に向かって旗を掲げたりもしましたが、拡声器で演説する人や街宣車と同じ仲間だと思われることは不本意だったので、駅から善光寺、スタート地点までを雪山獅子旗を背中に背負って歩きました。善光寺境内で見かける半分位の「観光客」は中国人であるかのような状況でした。

 当日、僕が善光寺に向かって駅近くのネットカフェを出たのは
                                   5:30位でしたが、既に沿道は到るところ中国の赤い旗(五星紅
                                   旗)で、更に次々に中国人を乗せた大型バスが到着し続けてい
善光寺法要に集った人々・26日早朝           ました。善光寺には法要に参加しようと沢山の人達が集まって
b0049671_15112254.jpgいましたが、僕は本堂に頭を下げた後、8:15からに変更になった法要を遠慮させてもらい町に戻りました。
 大門付近(聖火が善光寺前を右折する場所)はコース内側の一画に赤い旗、善光寺側の二画にチベット旗、駅に向かう道のコース左側の一画が双方混合という状態でした。僕は中国人で埋め尽くされた内側の一画でチベット旗を降り続けていたのですが、大量に集まった中国人たちは巨大な五星紅旗を持って善光寺側二画に押し掛けて雪山獅子旗を覆い隠してしまおうとする行動にでました。結果としてコース外側の区画では揉み合いというような事態が発生しているように見えました。
 僕の一画で雪山獅子旗を振っていたのは僕を含めて2人だけだったのですが、その旗の前に赤い旗を出そうとしたり2本の棒に張られた大きな横断幕で僕の旗を覆い隠そうとしたり、それは酷いものでした。僕はハンドル・ネームからも分かるだろうように、おそらく日本人の平均値からして相当に親中派ですが、冷静に話そうとしても一向に聞く耳を持たない状態で彼らの言い分を撒き散らしていました。
 聖火が通り過ぎた後、駅反対側のゴール地点に移動している最中には、バカヤローと罵声を浴びせられました。僕は個人で移動していたのですが、中には歩いていることに恐怖を覚えたチベット支持者や一般市民もいたという状態でした。ゴール前の道でチベット旗を持って休憩している時には Go out!とかGo away!と叫ばれました。ただ、一方では右翼や新風系だかなんだか良く分かりませんが、チベット支援を訴えている中にも相当に口汚く罵っていた連中もいたことは事実であって、中国人の口汚さだけを一方的に批判できるような状態ではなかったのも事実です。

b0049671_15291822.jpg
                                    五星紅旗に覆われる雪山獅子旗・大門交差点付近

ずぶ濡れになりながらの Free Tibet ・ゴール隅
b0049671_15443982.jpg 警察がゴール会場に入れてくれるという話になり言われるままに付いて行ったのですが、そこには善光寺での法要を終えた日本に住む60人のチベット人のうち40人、SFT や「チベット問題を考える長野の会」やその声に応えて集まったが人達が結集していました。しかしそこは式典場所から遠く離れた、公園のいわば隠れた一画で、正直に言えば警察によって沿道からそこに押し込められてしまったという感が否めません。その場所でのシュプレヒコールは感動的でしたし、みんなズブ濡れになりながら一生懸命がっばっていました。

 さて、ですが、ここからが本題です。心身ともに疲れ切って雨でビショビショになり寒さに凍えながら帰ってきました。僕はあんなこと(あの日一日諸々)をする為に東京から長野まで行ったのじゃない。チベットで立ち上がった僧侶を含めた人々を武力弾圧した中国政府、聖火をチベット、そしてチョモランマに持って行き「ここは中国の土地だ」と世界に宣言しようとしているトーチ・リレーに抗議し、チベットでのチベット人たちの安全と捕らえられている人々の釈放、海外メディアの入域を訴え、国際社会と中国政府がチベット問題の本当の解決に向かう為にほんの少しでも力になりたいという想いから出掛けて行ったのです。圧倒的な中国人の大集団に対抗したり対決したりするために行ったのではない。
 勿論、正々堂々と平和的に一生懸命にチベット支持と中国政府への批判とを訴えて雪山獅子旗を振った大多数のチベット支持者たちを非難しているのではありません。僕を含めて結果的には中国グループに対抗するかたちになってしまったとしても、あの状況ではそうならざるを得なかったのですから。その意味で、中国人たちが大挙して長野を訪れたことは長野をむしろ混乱に陥れる結果になったのだと、その無知なナショナリズムに強く抗議します。

押さえ込む警官隊・大門交差点付近                  気勢を上げながら移動する中国人・長野駅南口
b0049671_15345421.jpgb0049671_15383530.jpg


 当日の報道、取り分けテレビ・メディアでどのように報道されていたのかについて殆ど知らず、一夜明けて漸く少し見ただけなのですが、どうだったのでしょう。新聞によると卵やペットボトル等々を投げ付けたり中国人を殴って流血沙汰を起こしたりといったことがあったようです。それらの事象がクローズアップされているのでしょうか。そういうことをやった連中は決して TSNJSFTアムネスティや「チベ問題長野」、セーブチベットネットワークに賛同して長野に行った人達ではない筈です。更には僕が出会って話した限りにおいて、2チャンネルや mixi の off として集まった人達の多くも平和的にチベット支持を訴え中国政府による弾圧に抗議していた筈です。

 暴力行為をした人達、汚い言葉で中国人と罵り合っていた連中も含めて彼ら右翼だか新風系だかはっきりとは分かりませんが、僕は少なくともその系の人達に非常に腹を立てています。はっきり言ってしまえば、チベットを支援する我々の声と市民の気持ちとを分断させる破壊行為だと感じています。告白しますが、僕はTSNJの意に反して、バンダナで両手を縛って聖火「隊」の前方に座り込んで、一瞬でも we shall overcome を唄おうかと本気で考えていた(これは威力業務妨害に当たるのかもしれませんが決して暴力ではない)のですが、暴力行為をした連中と同列に扱われかねなかったのかと思うと、やらずに良かったと感じています。やらなかったのは、圧倒的多数の中国人との対決・対立状態になってしまったことにウンザリしてしまったからなのですが。
                                    さて、新中派ではあるけれど、そしてそれではいけないのだと
ペマ・ギャルポ氏(中央)・23日東京            知りつつも暫くは中国人を見たくないし中国語を聞きたくもないと
b0049671_1553088.jpgいう感情に流されそうではあるけれど、それはそれとして。SFT や TSNJ、アムネスティやチベ問題長野、セーブチベットネットワークは今回の長野で暴力的行為をした連中(報道では台湾人と言われている乱入者、彼は在台湾亡命チベット人2世なので、彼らの立たされている現状を考えれば彼の行為を非難するつもりはありません。そもそも彼が何をしようとして飛び出したのかのも分かりませんし)や口汚く中国人を罵倒した連中、及びそういう組織団体に対する明確な批判と遺憾の意を表明するべきだと考えます。ペマ・ギャルポさんもおっしゃる通り、チベット人たちには右や左を選んでいる余裕は無いのだということは理解できます。ですがそれはそれとして、チベット支援の声を市民とを分断するそのような行為を私たちは看過すべきではないと考えてい
                                   ます。

※4月29日追記
 (1) 文中に書いた台湾人と報道された亡命チベット人2世、タシィ・ツゥリンさんは聖火に向かって突っ込んだのではなく、
   聖火を映すTVカメラに向かってチベットの旗を振って Free Tibet!と叫ぶためだけに、世界に向けてそれを訴えるた
   めだけに飛び出したのでした。あれは身体を張った抗議行動であって、決して暴力などではありえません。

 (2) 2番目の写真の渡辺一枝さんは作家・椎名誠さんの奥さんで、1987年以来何回もチベット文化圏を旅しています。
   細身で華奢に見えますが、95年にはチベット高原4000kmを越える距離を馬で4ヵ月半掛けて歩かれました。
   チベット人公務員や会社員は家に仏壇を置くことも寺に参拝することも、ジョカンをコルラすることさえも許されていない
   という、実際に見聞してこられたお話が印象的でした。


b0049671_15474719.jpg
                      隅に追いやられながらも一生懸命に Free Tibet を訴える人々・若里公園






TSNJ (TIBET SUPPORT NETWORK JAPAN)

TSNJ blog

アムネスティ・インターナショナル日本

SFT (Students for a Free TIBET)

Avaaz.org





ダライ・ラマ法王日本代表部事務所


(※ 諸々の責任は負いかねますので、あくまで自己責任でお願いします)

[PR]
by meiguanxi | 2008-04-27 16:11 | Free TIBET
チベットの為の、世界の為の願い
b0049671_187498.jpg
                                チベットの為のキャンドル・マーチ 2008.4.13 東京渋谷


 ロサンジェルス以来すっかり形骸化してしまい、いったい誰のための何を目的にしたイベントなのか分からなくなってしまった北京五輪の聖火リレー。昨日(2008.4.17)は一つの “山” とも目されていたインドで行われた。ご存知の通りインドにはチベット亡命政府があり10万人の亡命チベット人が暮らしている。日本の報道では 「大きな混乱も無く」云々と報道された。イスラマバード(パキスタン)にせよデリー(インド)にせよ完全に隔離された場所で、厳戒態勢の警備で行われているのだ。「大きな混乱も無く」…やれやれ、日本のマスコミは聖火への抗議活動をする者達がロケット弾でも打ち込むとでも思っているのだろうか。あのような態勢での形式的リレーを報道するのに、その形容には何か意味があるのだろうか。もしあるとすれば人民日報やCCTV (中国中央電視台)がそのように伝えるのだろう意図と同じでしかないのではないか。
 一方、チベット問題に関する日本政府の態度は相変わらず曖昧なものだ。昨日、高村正彦外相が来日中の楊潔篪(yang jiechi)外相に申し入れをしたそうだが、「更に透明性を確保してほしい。対話が重要だ。対話の姿勢を打ち出してほしい」(MSN産経ニュース)といった御座なりなものでしかなかった。訪中中の自民・公明の幹事長が同様な内容の首相からの新書を胡錦濤(hu jintao)国家主席に手渡したそうだが、「善意の提言と思う」 「親書をいただき、中日関係の発展を重視する首相の態度に感銘を受けている」(公明新聞H.P.)と感謝される始末だ。「言わなきゃならない立場なのでその辺は受け流してね」という話が出来ていた上でのデモンストレーションなのだろう。公明党の北側一雄幹事長に至っては 「(チベット問題での)胡主席の話はよく理解した。日本国民にもよく伝えたい」(同上) と中国政府のスポークスマン役を買って出るかのようなことを伝えている。また、長野市長はインタビューに応えて 「(聖火リレーが)平穏無事に終わることをただただ願うばかりです」 と話している。オリンピック競技は政治と切り離して考えるべきだとしても、少なくとも今回の聖火リレーに関してはもはや政治とは切り離せないものになっていることは、世界中が認識するところだ。この折、上のような発言は本人の意図がどうあれ、それ自体が既に中国政府の意図に沿った政治的発言になってしまうのだという程度の政治感覚は持っていてしかるべきだと思うのだが。
 ところでロンドン、パリ、ロサンジェルスと続いたリレーに関しては 「日に日に妨害行為が拡大している」云々、「暴力は宜しくない」 云々といった論調で伝えられていた。だが果たしてそれは本当だっただろうか。確かにロンドンではトーチを奪おうとした男を1人見た。ペットボトルの水を掛けようとした男と消火器を噴きつけた男がいた。パリでは車椅子の中国人アスリートからトーチを奪おうとした男がいたようだ(これに関してはその男が誰であったのかについて疑問の声もある)。ブエノスアイレス(アルゼンチン)では水風船が投げられた。さて、皆さんはこれ以外の 「暴力的妨害行為」 を目にしただろうか。確かにアテネやロンドン・パリで道にダイ・インした女性や座り込んだ女性たちがいたし聖火隊の前をチベット国旗を持って走った男が警察に組み倒された。その他にもコースに入ろうとした人は大勢いたのかもしれない。それらは例えば日本では威力業務妨害に当たる可能性はあるにしろ、決して暴力行為と言えるようなものではない。もし他に無かったのだとしたら、それは 「日に日に拡大」 したと言える推移だろうか。ロサンジェルスではそもそも誰もいない高速道路のような場所を走ったのだ。
 抗議行動と妨害行動、まして暴力とを混同するこのような報道の賜物として、長野市民の間では不安が助長されたようだ。休日登校日だった高校は休校を決め、善光寺参道の商店からは 「暴動とかが起こると嫌だ」 といった声まで聞かれる。暴動? やれやれ…これまでの抗議行動でそれに近いことが起こっているだろうか。いや、勿論そう発言した人を責められない。抗議活動が各国で起こっている理由、チベット問題の本質を伝えることをこちらも御座なりにしたまま、「長野は大丈夫か」 「無事にできるのか」 と不安を煽る報道ばかりが連日垂れ流されてきたのだから。
 ところがだ、ここに来てそれも杞憂とばかりは言えなくなってきた感もある。もちろん抗議活動が暴徒化するなどと思うのはナンセンスだが、ある種の小競合いのようなものが起きてしまう可能性は否定できない状況になってきているように思われる。各国の在外中国人サポーターたちの動向だ。いや、彼らが暴力的な行動をしようとしているなどというデマを流す積りではない。彼らの目的としても平和裡にリレーを成功させることの筈だ。だが、衝突というのは双方にその気が無くとも起こり得るものだ。例えば中国人サポーター達が聖火を守るという目的で沿道の前列を占領する形になったとする。一般の見物客も抗議をする者もその後ろに退けられる形だ。見物客は不満を抱くだろうし抗議する者は前へ出ようとするだろう。…キャンベラ(オーストラリア)では1万人の中国人サポーターが結集する勢いだという。長野にも2000人を集めると言われている。
 当初、この問題に於ける中国国内での反欧米ナショナリズムは十分な情報が与えられていない為だと思われた。だが、実際には在外の留学生や華僑までもがそういったナショナリズムの波に乗っているようだ。彼らの気持ちも理解できない訳ではない。なにしろ世界中から非難の声を浴びせられているのだから。だが、おそらくそうしたナショナリズムは建設的な何物をも産み出さない。むしろ逆効果だ。彼らに理解して貰いたいことは、チベット問題での抗議は中国人にではなくあくまで中国政府に対して行われているのだということだ。だが、中国国内ばかりでなく在外中国人もナショナリズムに走るなら、その姿は諸外国の人々の反感を増徴させてしまう結果になるだろう。
 実はこのエントリーは4月15日夜にUPされたものなのだが、17日までは写真と各サイトへのリンク以外には 「本日は写真のみということで、文章は後日」 と期されていただけだった。16日、早くもコメントが付いてしまったのだが、実は元々このエントリーでは長野を前にしたマスコミの報道と中国人のナショナリズムについて書こうと思っていたのだ。コメントをくれた方には本文が後出しジャンケンのような形になってしまって申し訳ないのだが、本当のところ、後者に関してはそのコメントをくれたような中国の方にこそ訴えたかったのだ。チベットの問題への世界の批判は中国人叩きではないのだということ、そしてこの問題は中国人自身の人権と自由とに繋がる筈の問題であるのだと。また嘗て日本軍によって侵略され満州を占領されたあなたたち中国人には、きっとチベット人のことが理解できる筈だと。だから本当なら西欧で抗議行動をする人達や僕と、貴方たちは対立ではなくむしろ共闘できる筈なのだと。

 上の写真は4月13日、季節外れの冷たい風が吹き抜ける東京渋谷で行われたキャンドル・マーチ。今回の騒乱で亡くなった人々を痛み一日も早く問題解決への道が開かれるようにとの願いから、普通のデモの形式ではなくそれぞれキャンドルを手にアメリカの黒人解放歌であり公民権運動で唄われた 『We shall overcome』 を唄いながら行進したものだ。下の写真は行進の後、代々木公園で行われたキャンドル・ライティングの様子。一般メディアではあまり大きくは扱われなかったかもしれないが、参加者はマーチに300人、ライティングに150人といったところだろうか。

 チベット人たちがチベットの未来を自らの手で決められる日が一日も早く訪れるように
 中国と中国人たちが本当の意味で世界から尊敬される時が何時の日か訪れるように
 願わくは、日本と日本人も…

                                                                2008.4.18

b0049671_1875855.jpg

             チベットの為のキャンドル・ライティング 2008.4.13 東京・代々木公園

b0049671_214423.jpg







TSNJ (TIBET SUPPORT NETWORK JAPAN)

TSNJ blog

アムネスティ・インターナショナル日本

SFT (Students for a Free TIBET)

Avaaz.org





ダライ・ラマ法王日本代表部事務所


(※ 諸々の責任は負いかねますので、あくまで自己責任でお願いします)

[PR]
by meiguanxi | 2008-04-15 21:09 | Free TIBET
チベットの為に、世界の為に
b0049671_20564848.jpg
         チベットの為のキャンドルライティング Candlelight vigil 2008.4.4 東京新宿・中央公園

 今、チベットで起こっていることは決して世界の片隅での出来事ではありません。確かに世界には現実に沢山の民族問題、宗教対立、人権問題が存在します。勿論どれも同列に重要であるのですが、しかしそれでもチベットに於けることには特別な意味があると考えています。
 嘗て2001年、9.11の後にアメリカがアフガンに軍事攻撃しようとしていた時、もしそうするのならロシアはチェチェンの、中国はチベットの抵抗運動の全てにテロというレッテルを貼ることになるだろうと僕は直感したし、そのように訴えました。ですが残念ながらアメリカは軍事攻撃をし更にはイラクにまで戦火を広げました。その結果、やはり世界からチェチェンは見捨てられチベットは忘れられました。
 嘗てなら中国政府が現在チベットで行っている弾圧と報道規制とに世界は強い反応を示したことでしょう。1989年の天安門事件の時に中国に対する経済制裁が行われたのと同じように。しかし現在、世界に於ける中国の経済的重要性はあの時とは比較にならない。中国は自信を強めています。そのことに関しては中国人民とともに喜びましょう。ですが、であるからこそ中国には世界に対して責任のある姿勢を示すことが求められているのです。例えば環境問題にしろ国際河川に於ける水資源問題、食糧問題、どれをとっても中国の方向性に大きく影響されるし中国抜きには語れない。
 人権にしても同じです。いや、チベット問題は単に人権問題として矮小化されるべきではく間違いなく国際問題であるのですが、少なくとも占領下で人権弾圧が行われている。その現場から海外メディアを締め出してしまっている。そのような状況で今年の北京でのオリンピックが開催されようとしているのです。聖火を占領下のチベットに持ち込み、その象徴的存在でもあるチョモランマに登頂させようとしています。それは取りも直さずチベットが中国の一部であるという中国政府の主張を世界に宣言することに他なりません。経済的損得を優先させることによってもしも世界がこのことに沈黙するのなら、或いは喜ばしい祭りとして歓迎するのなら、世界は中国のチベット支配と人権弾圧とを少なくとも黙認することになってしまいます。そうであるなら今後、国際社会は他国に於ける人権侵害に対して言葉を失うことになるでしょう。どの国で行われている人権問題にも口を差し挟む根拠を失ってしまう。説得力を失くしてしまう。そうなったなら私たちは世界の未来に何を見たら良いのでしょう。
 世界は声を上げなければならない。決して手放しで北京オリンピックを歓迎しているのではないのだという声を。オリンピック競技それ自体をボイコットすべきだとは思いませんが、少なくとも諸手を上げて歓迎しているのではないのだということを。私たち一人ひとりに出来ることは小さい。けれど、決して黙認してしまってはいけないのだと、僕はそう考えています。



TSNJ (TIBET SUPPORT NETWORK JAPAN)

TSNJ blog

アムネスティ・インターナショナル日本

SFT (Students for a Free TIBET)

Avaaz.org









ダライ・ラマ法王日本代表部事務所


(※ 諸々の責任は負いかねますので、あくまで自己責任でお願いします)

[PR]
by meiguanxi | 2008-04-05 20:57 | Free TIBET
祈り、願い
b0049671_2363656.jpg
              チベットの為のキャンドルライティング Candlelight vigil 2008.4.3 東京新宿・中央公園
[PR]
by meiguanxi | 2008-04-03 23:11 | Free TIBET
2008.3 チベット騒乱…左派として
b0049671_5502692.jpg
                                    (写真は1993年のもで今回の騒乱には関係ありません)


 僕はそちらこちらで公言しているように、資本と国家との揚棄を求める者であるから左翼である。とは言っても革命を起こそうとかプロレタリアート独裁を目指すとかいう大時代な話とは無縁だし、史的唯物論者でもない。それについて述べると膨大な論文になってしまうし、また今の自分にはそれを論理立てて話す準備も無い。

 このエントリーでの問題はチベットだ。これもそちらこちらで公言している通り、僕は一貫してチベットの独立、或いは高度な自治を支持している (1988年以来、ダライ・ラマ14世は高度な自治を主張しているのあって、独立は求めていない) し、今回の騒乱に於いても中国政府を批判してる。昨年の大統領選挙で右派に破れたフランス社会党のロワイヤル女史が今回のチベット騒乱に関してオリンピックの不参加の可能性を否定せずあらゆるカードを使うべきだと発言しているように、左派としては当然である。そもそも独立した民族国家だったものが他の民族国家に占領・植民地化され、支配民族が被支配民族を搾取し資源を略奪し文化を破壊し、今やその文化の根源である言語さえをも実質的に消滅させられかねない状況 (事実、内モンゴル自治区ではモンゴル語を解せない青年が普通に存在している) であり、言論が統制され人権が損なわれているのだから。それに対して抗議する武器を持たない民衆を武力鎮圧しているのだから。だが不思議なことに日本に於けるチベット支持、或いはこの件での中国への批判に関する限り、どうも左派・リベラルの声よりも右派の方が勢いがあるように見える。
 おそらくこれは日本に於ける地理的・歴史的特性なのだろうと思われる。朝鮮半島を36年間に渡り植民地にし中国に侵略した嘗ての行為を肯定する右派が中国によるチベット占領と弾圧とを非難するとういのも片腹痛い (いや、チベットを支援するなら右派でも左派でもどうでも良いのだが) が、右派にしてみれば反中意識 (或いは反韓・反朝) を煽ることは手っ取り早いナショナリズム喚起の方法なのだろうし、チベット問題はその絶好の契機なのかもしれない。一方、左派はどうだろうか。右派からは左派は中共の工作員だというような揶揄がされることがあるが、まさか本気でそう考えている無邪気な右翼もいないだろう。いや、嘗て中華人民共和国の内情が良く伝わってこなかった冷戦期、例えば当時の最も倫理的であると思われた左派のイデオローグが文化大革命に関して上からの革命への疑問を呈しながらも壮大な実験であるというような発言をした時代があったのも事実だ。だが現在にあって中国共産党を本気で称賛する左派は存在しないだろうと思う。いや、一定の友好関係を結んでいたとしてもそれは別の話だ。
 では何故、こと中国となると一部の左派の発言に切れが無くなるのだろうか。例えば先だっての農薬入り餃子事件などに関して、悪戯に反中意識を掻き立てるのではなく冷静に対処すべきだといった類の発言があるのは納得できる。おそらく左派には先の大戦とそれに先立つ朝鮮半島・中国への侵略の歴史への反省として、近隣諸国とは友好的にあるべきだという不文律がある。僕にもある。同時に戦後これまで、政治的に謝罪の意が表されても次には誰かがまたぞろ逆なでするような発言や行動をしてしまうことへの贖罪の意識のようなものもあるのかもしれない。僕にもある。そして中国への異議申し立てが時に反中意識の高揚とナショナリズム喚起とに利用されようとしてきたことへのアレルギー反応のようなものもあるのだろう。僕にもある。
 だが、今回のチベット問題に関して左派政党が頑なに沈黙していたりリベラルと思われるイデオローグが中国の主張に沿うような発言をしてしまうのは、どうにも合点がいかない。それでは付く者が違うだけでなんでもかんでもアメリカべったりな保守・右派 (右派の全てがアメリカべったりを歓迎しているわけではない) と同じではないか。或いはチベットが人民解放軍によって農奴制や封建制から解放されたのだとする中国政府の主張に一定の評価を感じているのだろうか。だが武力による主権の侵害であってみればそれは占領の正当化に成っていないし、百歩譲ったとしてもその後半世紀にも渡って 実質的に漢族が指導する御用 「自治区」 として支配を続けることの言い訳にはならない。事実、中国はチベットを搾取し略奪し続けているのだ。勿論、経済発展などが言い訳になる筈もない。それでは日本が嘗て大陸に行った行為は単なる侵略行為だとして批判・反省できても、アメリカのアフガンとイラクへの軍事侵略を批判する根拠を失ってしまうではないか。

 ところで、初めに述べたように僕は国家の止揚を希求する者であるから、必ずしも全ての民族が国家として独立するべきだと考えているわけではない。マイクロ・ナショナリズムが往々にして碌な結果にはならないことは、嘗てのソ連が崩壊した後、独立した国 (ロシアを含めて!) の多くが極端な民族主義的国家に成ってしまったことを見ても明らかだ。だから仮にチベットが独立を獲得したとしてもその暁に、倫理的・民主的国家になるかどうかは、また別の話だ。おそらく内地のチベット人たちのインテリジェンスと亡命政府のそれとの間には大きな開きが存在するだろうと想像できる。亡命政府が言うような民主的選挙の結果、民主的ではない政府が出来上がってしまうかもしれないというのは、必ずしも杞憂とも言えない。議会制民主主義がファシズムやナショナリズムを排除する契機を持たないことは、ナポレオンやヒトラー、或いはプーチンを見ても明らかだ。ドイツでは左派を弾圧することでナチスが力を得たのだから民主的な結果ではないという批判は当たらない。弾圧が動き出すことを民主制が止められなかったのは事実なのだから。増して中国共産党支配下に於ける内地のチベット人たちに民主主義や人権といったいわゆる西洋近代の思想が十分に備わっているとは考え辛いだろう。この点に関して亡命政府には14世存命中に確かなシステムを構築することが求められるのかもしれない。
 しかし、巨大な者、或いは強力な者が他者を力尽くで押さえ込んでいる状態での単なる国境線の廃棄には意味が無い。ソ連崩壊後の民族主義的国家群の誕生は同時にこのことをも表象している。ソ連という名のロシアによる周辺民族への支配統合は、結果として何も産み出さなかったのだ。おそらく本当にグローバルなもの (グローバリズムという名のアメリカの自己中心主義ではなく) は幾つもの異なるものが常なる軋轢 (戦乱と言う意味ではない) の中で長い時間を掛けて出来上がっていく、或いは出来上がり続けていくものなのだ。その意味で、アメリカによるイスラームへの武力による 「民主主義の輸出」 は失敗するしかないのだし、中国によるチベット支配はやがて崩壊せざるを得ないだろう。
 本来が独立国家への侵略・占領なのであるからまずはチベットを独立させるのが本筋だとは思うが、だが以上のような意味でダライ・ラマ14世が訴える 「中道のアプローチ」(独立をではなく高度な自治を求める) は興味深いし賛同に値する。また国際社会はそのための圧力を掛けるべきだろう。オリンピックのボイコットが必ずしも良いことだとは思わないが、少なくとも中国は聖火をチベットに持ち込みチョモランマに登頂させることで、チベットが中国の一部であることを世界に黙認させるためにオリンピックを政治利用しているのだ。世界は、それを認めるべきではないし看過すべきでもない。

 先日3月22日、チベット支援を訴える2つの集会とデモが行われた。1つは TSNJ (TIBET SUPPORT NETWORK JAPAN) というアムネスティ・インターナショナル日本支部も参加するチベットのサポートをするネットワーク団体によるもの。もう1つは時には過激な反中アピールをする右派の民族主義的な団体によるもの。東京では幸いにも2つの抗議行動があったので僕は個人の資格で前者に参加したが、しかし例えば翌23日に大阪では後者のみのが抗議行動をした。ただチベット問題に抗議の声を上げたいと思うだけの人々が右派に取り込まれざるを得ないような状況だ。
 勿論、例えば靖国問題とか南京虐殺問題とかをチベットに絡めるなどはナンセンスだし、尖閣列島も油田も餃子も関係は無い (個人的は竹島に関しては感情的な部分での韓国の言い分にも一理あると思うのに対して、尖閣列島に中国が領土権を主張する根拠は全く無いと考える。南京虐殺に関しては中国が主張する人数には問題があると思うし、今更ながら第三国の研究者を含めた現実的研究が行われるべきだと思うが、ただ、問題は人数ではなくそのようなことが戦争では行われてしまうのだというこをと学ぶことだと考えている)。だが実際には確かにチベット問題にしろ何にしろ、中国に対する批判が右派のプロパガンダに少なからず寄与してしまうところはあるだろうと思う。しかしだからといってそれを無視するような情勢論やダブル・スタンダードはもはや左派やリベラルの名に値しない。おそらく日本の左派・リベラルの政党もイデオローグも、例えばチベットならチベット問題に関して言うべきことは言いながら、それが反中意識やナショナリズムといった右派の煽動する感情論に取り込まれないための真っ当な倫理的理論をそろそろ構築すべきなのだ。

 あらゆる機会を捉えて国際社会と人々がこの問題を取り上げ中国政府に対して亡命政府との正当な対話の再開を要求するように望むとともに、何よりもチベット ( 「自治区」 だけではなくその周辺に広がる本来のチベット地域) に住む全てのチベット人が安全であることを、心から願ってやまない。

b0049671_5514362.jpg
                          Candlelight vigil 2008.3.28 (雨) 東京西麻布・笄(こうがい)公園
[PR]
by meiguanxi | 2008-03-26 20:12 | Free TIBET
占領されたチベットの地図
地図をクリックすると別ページに拡大画像がでます。

b0049671_2302287.jpg


 衛星写真によるとラサでの死者が500人を越えると伝えるインドのメディアもある。事実を確認する術は無い。
 ダライ・ラマ14世は、状況の収拾が不可能に成った場合には 「辞任しかない」 と発言した。勿論、「ダライ・ラマ」 を引退することはできないので、政治的な立場をという意味ではあろうが。
 抗議活動は周辺地域に拡大しているという。蘭州や北京の大学で座り込みがあったという報道があるが、確かにそれは 「周辺」 だ。だがそれ以外の青海省、甘粛省、四川省での騒乱は決して 「周辺] ではない。中華人民共和国の行政単位としてのチベット自治区は、チベットの一部でしかないのだ。人口にすれば中国占領域在住チベット人の 3分の1 に過ぎない地域だ。(詳しくはダライ・ラマ法王日本代表部事務所H.P.
 知ってほしい。地図上、赤線で括った地域が元々のチベットなのだが (実に青海省はその全てがチベットからの略奪だ)、「そんなことを言ったってそれは何時の時代の話だ」 という意見もあるかもしれない。だが事実、現在尚、この地域の主な住民はチベット人に他ならない。恐れるのは、中国が漢族の移入を進めていることだ。このままでは 「何時の話だ」 という、ある意味では反論できない既成事実化が進められてしまうことだ。
 ダライ・ラマ14世の譲れない心情は 「非暴力による抵抗」 だ。勿論、僕はそれを強く支持する。だが、このまま国際社会がこれを無視し続けるのなら、そこに住む人々がそれに耐えられなくなるとしても、チベット人以外の誰がそれを批判する道義的権利を有するのだろうか・・・そうならないために、我々は・・・

 注) これは私、左翼を自認する者からの言葉であり、右派の言論ではない。
    (こんなことを断らなければならない状況が虚しい)

[PR]
by meiguanxi | 2008-03-18 23:05 | Free TIBET