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アバ大地震

なんてこった・・・
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by meiguanxi | 2008-05-13 21:13 | Free TIBET | Comments(0)
Free Tibet in 早稲田、或いは表現の自由
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(※ アバでの大地震があったために、この手の更新を憚られ。少し前に準備していたものですが、15日、日付を12に変えて
 こっそり更新します。)


 聖火がチョモランマに登頂した日、僕は早稲大学大隈講堂前にいた。勿論、大隈講堂で講演をするという胡錦濤主席に直接、抗議の声を聞いてもらうためだ。だがこの日、僕が思い知ることになったのは、言論や表現の自由といったものの危うさだだった。それらは政府や官憲の意向でこともなく圧殺されるのだという実感だ。もちろん僕はそれを知っていたが、アンノンとした生活の中で忘れ掛けていた現実の姿を四半世紀振りに身をもって思い起こさせられることになった。
 当日13:30、地下鉄東西線早稲田駅を地上に上がるとそこには何台ものの警察車両と警官達がいて、早稲田方面に向かおうとする1人1人の持ち物検査をしていた。別に疾しい物は持っていない。ところがチベット旗やプラカード、チベット旗のコピーなどを持っている人の通行は完全に規制された。全面通行止めとか通行禁止とかではない。チベット関連の何かを持っている者だけが通行を差し止められているのだ。それはあからなさな思想信条への差別であり表現の自由への抑圧だった。法的根拠を質しても回答しない。任意なのか強制なのかの質問にも回答はない。しかし無理に通ろうとて押し合いに成れば公務執行妨害の現行犯になることは確実だった。
 仕方なく暫く神楽坂方面に退く。その大通りにも100m程は警察車両が駐車している。異常な光景だ。漸くそれが途切れた少し先でタクシーを拾った。旗竿などを足元に隠し、自分も顔を伏せるようにして件の交差点(早稲田方面へは片側一車線の狭い道になる)を右折、なんとか辿り着いた早稲田大学前は数十台の警察車両と無数の警察官とでごった返していた。何か聞き分けられない大勢の群集の声がそちらこちらから地鳴りのように響いている。まさに騒然とした雰囲気だ。早稲田通りはその西側で正門に突き当たっている。ここが小さな広場のように成っていて、バスなどはここからUターンする作りになっている。だが本校キャンパスに沿って南から北にくねくねとした一方通行の狭い道があるので、タクシーはそのまま右折して進むことが出来る筈だが、この先には進めないのでUターンするようにという警察の声がスピーカーから響く。僕は運転手にUターンして停めてくれるように頼む。回り込んだ左手が大隈講堂なのだ。本校正門との間は一方通行の道で隔てられている。
 ところが下車するなり数人の警察官に取り囲まれる。そのまま早稲田通りを退去するようにと命令される。大隈講堂前がどのような状況にあるのか、沢山の警察やマスコミたちで確認できない。だが本校キャンパスを見ると正門内に沢山のチベット旗が翻っているのが見える。あそこには旗を持った人がいるではないかと問いただすと、彼らは許可証を持った人達だという。「許可証とは何の?」 「今日の許可証です」・・・今日の許可証とはいったい何のことか?抗議活動をするのに許可証がいるのか。しかも彼らのいる場所は大学構内であり、デモや集会の届けを警察に出す必要のない場所だ。本校キャンパスとは別に、大隈講堂とは早稲田通りを挟んだ反対側(タクシーが進入してきた車線側)の芝生地にも沢山のチベット旗が翻っている。それを指摘すると警察は、あれも招待状を持った人たちだと言う。招待状・・・胡錦濤に抗議をするための招待状を誰かが出しているというのか。馬鹿げている。実に馬鹿馬鹿しい。警察官達はそんなくだらない嘘まで平気でついて、既に大勢の人達がチベット旗を振り抗議の声を上げているにも拘わらず、僅か1人を排除することにやっきになっているのだ。

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                                                    通りを覆い隠す警察車両群

 いや、ここは冷静に公平な感想を言うことにしよう。おそらく警察官達の間で指示が混乱していたのだろう。僕を排除しようとしていた若い警察官は、胡錦濤主席の講演聴講者に予め届けられた許可証と、その場にいる人達への許可とを混同していたのだろう。大揉めに揉めているとやがて老練な警官が走り寄って来て僕を件の芝生地に誘導した。
 その場には300人ほどのチベット・サポーター達がいただろうか。それぞれにチベット旗やプラカードなどを手に Free Tibet!を叫んでいる。その周りを沢山の学生や野次馬が取り囲んでいる。その中には本当にただの野次馬もいれば、声を上げたり旗を振ったりはしなくと、チベットを指示したい、或いは中国政府に抗議したいという想いで見守っている人達もいた。

 騒然とした中、本校キャンパスの方を見ると夥しい警察官達が校門周辺に集まり、やがて門の金属の蛇腹を閉じ始める。中に入っていた警察隊がチベット支援の学生達をキャンパス奥に押しやっていく。この光景は You Tube で実際にその最中にいた学生が撮影した映像で見ることができる。2重3重になった警察官達が学生に圧力を掛けて押し込んでいく。動こうとしない者は力尽くで引き摺られる。倒れてしまった者の上を沢山の警察官たちが越えていく。とても大学の中、しかもこう言ってはなんだがそこらのオーナー大学でない、早稲田の構内での実際に行われていることだとは信じがたい光景だ。
 大学当局によると大隈講堂は貸しただけであり大学が関与した講演ではないという。してみれば大学が学内の秩序維持の為に警察に協力要請したのではない。もちろん逆だ。政府なり警察からの要請を受けて、自らの学内への警察力の侵入を許可し、自らの学生達が排除されることを許したのだ。もう一度敢えて言うが、そこいらのオーナー大学ではない。早稲田大学総長のこの姿勢は、ひとり早稲田の歴史に泥を塗ったというに留まらず、学府に対する暴挙だ。また、この講演には数十人の中国留学経験者や中国関係ゼミ生を除いて、一般の早稲田の学生が入ることはできなかったのだ。あとは中国関係者や政府の招待者だ。なんの為に早稲田で行われる必要があったのか。福田首相の出身校だからというのか。だとするなら権力による大学の私物化以外の何物でもない。
 やがて何台も警察バスが僕がいた芝生地の前の沿道に駐車し、正門まで一寸の隙もなく塞いだ。15:20位のことだ。それと同時に警察街宣車の上から 「旗を降ろしなさい!通行人の危険になるので旗を降ろしなさい!」 というが発せられる。しかし歩道を歩くことを許されていたのは警察官と公安とマスコミだけだった。芝生地を通る早稲田学生もいたが後方の大学建物との間には十分な空間があり、彼らにとって邪魔だったのはチベット国旗ではなく警察の封鎖それ自体だった。「各隊は旗を降ろさせるように行動を取れ!」 という指示とともに警察官たちが我々チベット・サポータたちににじり寄る。僕達は何重ものロープの内側に押し込められていたのだが、そのロープを挟んで警察官たちと睨み合いになる。「言論の自由を抑圧するな!」 「表現の自由を圧殺するな!」 と僕は目の前の警察官に叫ぶ。誰も旗を降ろそうとしない。Free Tibet!の声はますます大きくなる。誰かの怒号が聞こえる。スピーカーから警察の高圧的な命令が大音量で流れる。まさにこの時、裏道から(これは後で知ったことだが)胡錦濤主席を載せた車が大隈講堂に到着したのだ。

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                                      閉じられた早稲田正門。その内を占拠する警官隊

 この芝生地にいた抗議者の中には、いわゆる反中を口汚く叫ぶ組織やそれに動員された人々もいて、芝生地と路地を挟んで本校キャンパス側に現れた巨大な中国国旗を振っていた中国人留学生たちと罵り合ったり睨み合ったりしていたようだが、圧倒的多数は勝手に来た一般の学生であり市民だった。この勝手に来た市民や学生達は拡声器が無いにも拘らず一糸乱れずシュプレヒコールを延々と繰り返した。

 チベットに自由を!
 言論の自由を!
 教育の自由を!
 宗教の自由を!
 本物の自由を!
 チベットに平和を!
 パンチャン・ラマを返せ! (
 チベットに人権を!
 Free Tibet!
 Free Tibet!
 Free Tibet!
 Free Tibet!

 誰かが始めたコールを誰かが書き写し、それを書き写した人がその紙を誰かに配り、それぞれが離れた場所でコールをリードした為に、全員が同じコールをすることができたのだ。もちろんチベット問題である。そこにいた人達にはそれぞれの政治心情があり、僕のような左派も或いは反中意識のある右派も、またはノンポリもいただろう。仏教への信心のある者も持ち合わせない者もいただろう。だが、そこにあったのはたった1点、チベットに自由を!という想いだった。このシュプレヒコールは胡錦濤主席が早稲田を去る17:15位まで延々と途切れることなく続いていた。

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   一般人はこのファインダーの位置には立てなかった。これはマスコミの方にお願いして撮って貰った写真
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by meiguanxi | 2008-05-12 23:07 | Free TIBET | Comments(6)
聖火のチョモランマ登頂と日本メディア

                                  チョモランマ北壁(ロンブク谷・ベースキャンプ手前)

  (※ 今回の写真は1993年撮影のもので、記事とは関係がありません)

 2008年5月8日、チベット人たちの願いと世界からの懸念と批判にも拘らず、北京五輪のトーチがついにチョモランマ(エヴェレスト)山頂に運ばれてしまった。
 3月以来チベット各地で僧侶や市民・遊牧民たちが中国によるチベット占領と人権や宗教への弾圧、文化や環境の破壊、中国人による搾取等へ抗議の声を上げた。この抗議の声を中国政府は外国メディアをシャットアウトした上で、武装警察と軍によって武力制圧した。このことを切欠に世界各地で聖火リレーへの抗議の渦が巻き上がった。中国政府が 「オリンピックと政治とを結び付けるべきではない」 と言っているだけではなく、日本でも少なからぬ人達がその意見に同調しているのかもしれない。だが、その中華人民共和国はこれまでに政治的な理由で幾度となくオリンピックをボイコットしているのだ。いや、その頃と今とでは中国も変わろうとしてきてはいるのかもしれない。だが、実際に彼らはオリンピックを国威発揚の手段として政治化しているのは事実だ。さらにオリンピックを前にした開発の為に補償や人権を無視した立ち退き等を政治的に推し進めたのも事実だ。
 そして聖火のチョモランマ登頂とは正に、「チベットは中国の土地である」 と国内外に宣言するためのプロパガンダ・イベントに他ならない。僕はこの聖火のチョモランマへの登頂ということについて3月の騒乱以前から懸念を表明してきたのだが(参照)、今、チベット人たちがどのような想いでそのニュースを耳にしたのだろうと想像すると胸が痛い。彼らにとってそれは身内が陵辱されるにも等しい苦痛だったに違いないのだ。「政治とオリンピックは別」…日本という国でチベット問題などに関心も無く殆ど知りもしなかった人達の、そのような無邪気な言葉が虚しい。いや、正直に言えば腹立たしい。

 聖火がチョモランマを汚したその時、中国の最高指導者たる胡錦濤(hu jintao : コキントウ)国家主席は日本にいた。1989年、ラサで抗議の声が上がった時の、「チベット自治区」の中国共産党書記という自治区最高責任者だった人物でもある。この時にはラサに戒厳令を敷き、軍と武装警察よって徹底的に弾圧した。その時の映像の一部は現在、You Tube などでも見ることが出来る。この武力鎮圧の 「功績」 が彼の中央への足掛かりとなったのだ。
 5月6日、中国国家主席としては10年振りの来日となったその日、東京・外苑前の日本青年館ではこの問題での中国の対応を批判しチベット支援の声を上げようと1200人の集会が行われ、これに続く原宿方面へのデモには実に4000人が結集した。もちろん主催団体が用意した物もあるわけだが、実に多くの人達がチベット旗を持参していた。終着の代々木公園に翻るその圧倒的な数には、長野を経験してきた僕の目にも圧巻だった。また同じ日、大阪でも数百人によるデモが行われたようだ。(同日夜、日比谷でデモ隊と警官隊との小競り合いがあったようだが、日比谷でのデモを呼び掛けたのは、日本青年館で集会を行い原宿・代々木公園へのデモを呼び掛けた団体ではない)
 ところで、どうも未だに日本の大手メディアではこの抗議行動の報道が軽んじられているような気がしてならない。或いは胡錦濤主席が訪れる先々でも沢山の取材陣が抗議者にインタビューしているにも拘わらず、まともな回答が使われることは殆ど無く一部右翼勢力による混乱に焦点を当てたり、或いは「大きな混乱も無く」 という形容が付いた報道に終始しているケースが多いような気がする。大きな混乱が無ければ報道しないのだろうか。卵を投げ付けるとか逮捕者がでるとかしない限りは報道しないのだろうか。逮捕者が出てもその混乱だけを伝え、その背景を一切伝えないマスメディアとはいったい何なのだろう。このブログの常連の方たちなら既にご存知のことだと思うが、長野で聖火の前に飛び出して逮捕された人、殆どの報道では 「台湾籍の男」 と伝えられた人が実は亡命チベット人2世だということを知っている日本人はどの程度いるのだろう。彼、タシ・ツェリンさんは暴力行為を働こうとしたのではなく、ランナーの前を走るメディアのカメラに向かってチベット旗を広げて泣きながら Free Tibet!と叫んだだけなのだという事実を、正確に認識している日本人がどれだけいるのだろう。そして、あの程度の 「威力業務妨害」 で5月11日今日現在尚、拘束され続けているということをどれだけの日本人が知っているのだろう。卵投げ男などは当日だか翌日だかに早々に釈放されているにも拘わらず。

※ 5月18日追記
  タシ・ツェリンさんは16日午後、地検から漸く釈放された。


※ 本文とは関係ないが、今日2008年5月12日、アバ(現四川省チャン族・チベット族自治州)で大きな地震があり、揺れは北京や台湾にも達したという。九寨溝や黄滝といった自然遺産やパンダの生息地でもある。午後21時現在、チベット人居住地域(震源を含めて)の情報や声が全く入ってきていないのが不安だ。



                                                        テングリ村の朝
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by meiguanxi | 2008-05-11 21:12 | Free TIBET | Comments(0)